【観た人の人生に気付きと変化を。真摯なメッセージが心に響く】『コーダ あいのうた』感想
CODA(ろう者の親を持つ健聴者)の少女の夢と家族の絆を描いた『コーダ あいのうた』。サンダンス映画祭で4冠に輝き、同映画祭史上最高額の約26億円で配給権が落札されたことでも話題となった本作。第94回アカデミー賞では作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門でノミネートされるという快挙を遂げている。
筆者は予告編を観て、鑑賞を決めたが、良い映画の予告編の多くがそうであるように、この作品も予告編からして傑作の雰囲気が凄まじい
もし未見の方で予告編を観てないのなら、まずは予告編を観て欲しい。そして、予告編を観て惹かれるものがあったなら是非、本作を観て欲しい。
※注意!:ここからは映画の具体的な内容に触れています。未見の方はご注意下さい
【オリジナルは2014年製作のフランス映画】
本作を語る上で、知っておいて欲しいのは、本作はオリジナル作品ではなくリメイクであるということ。日本では2015年に公開されたフランス映画『エール!』のリメイク作品となっている。
筆者はリメイク元となった『エール!』が好きなこともあって、自然と比較しながら観ていたが、『コーダ』は様々な面でブラッシュアップされている作品だと感じた。
【設定の変更に作り手の思いが込められている】
最も顕著なのが設定の変更。農家から漁師へ設定を変更したことで、ルビー達は『エール!』の家族より様々な問題に直面する。漁船の乗船資格の問題や、買い取り業者との取引など「ろう者」であるがゆえの困難がより描かれている。
『エール!』では主人公のポーラの日常に焦点が当てられていたが、『コーダ』はルビーだけでなく、ルビーの家族であるろう者にも焦点が当てられる。
仕事仲間との会話に加われない姿や心無い侮蔑の言葉、日常描写を通して普段彼らが味わってる疎外感を感じるはずだ。
そうした演出には健聴者に対して、ろう者の視点に立って彼等の気持ちを感じて欲しいという作り手の真摯なメッセージが込められていることに気付かされるだろう。
【自分達の生活に気付きと変化を】
劇中でも印象的なのが、ルビーがコンサートで歌を披露する場面。周囲はその歌声に湧いているが、ルビーの家族には全く伝わっていない。観てて切なくなる場面だが、ここで実際に観てる人に無音の状態を感じてもらう演出が素晴らしい。
最も説得力のある方法で、ろう者が感じてる世界を体感させる。ここは劇中屈指の名場面だ。
そして、疎外感を味わっているのはろう者だけでなく、コーダであるルビーも同じ。ろう者と健聴者、両方の世界を行き来するルビーだが、実はどちらの世界でも疎外感を感じている。健聴者の世界では、周囲から好奇な視線を浴び、家族の中でもひそかに孤独である。本作はろう者だけでなくコーダの疎外感や孤独を描いた作品であることを見逃してはいけない。
監督のシアン・ヘダーは、この映画を観た人が、映画を通じて視点の変化を自分の生活の中に持ち帰ってくれたらうれしいと語っている。視点の変化とは「気付き」のことだ。
映画を観れば、ろう者やコーダが日々どういう気持ちで社会を生きているかに気付かされる。そして気付いたのなら、これからの生き方を変えていって欲しい。様々な脚色や演出からは、製作陣のそうした強い思いを強く感じた。
【ヤングケアラー問題も題材となっている】
また、本作にはヤングケアラーの問題が取り入れられている点も忘れてはいけない。
ヤングケアラーの多くは、自分が家族の世話をするのは当たり前だと思っており、自分の境遇に疑問を持っていないことが多い。本作では、自身の夢と家族の間で板挟みになっていく中で、ルビーが自分の生き方に不満を持ち始める姿が描かれる。ルビーは自分の立場を家族に訴えることができたが、世界には自分の境遇にすら気づけない子供が多数存在する。
筆者もヤングケアラーという名前は知っていたが、その実態まではよく知らなかった。今回改めて調べてみたら、その人数の多さに驚いた(下記記事参考)
この問題もどこか遠くの世界の話ではなく身近な問題ということも知っておいて欲しい。
【キャストの演技の素晴らしさが作品を引き立てる】
脚色や演出に触れてきたが、本作の素晴らしさはキャスト陣の演技があってこそのことだ。主演のルビーを演じたエミリア・ジョーンズは、9か月間アメリカ式手話を学び撮影に臨んだそう。劇中でも素晴らしい歌声を披露しているが、プロのレッスンを受けたのは今回が初ということを知って驚いた(ミュージカルに出演したことはあるらしいが)歌声が本当に素晴らしくて、何度も引き込まれた。
ルビーの家族を演じるのは、全員が実際に耳が聞こえない俳優達。トロイ・コッツァーは武骨だが心優しい父親役を演じアカデミー賞助演男優賞にノミネートされてる。ルビーが父親に歌うシーンは劇中屈指の名場面だ。
母親役を演じたマーリー・マトリンは、筆者は恥ずかしながら、後で知ったのだが、『愛は静けさの中に』(1986年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞している。もしトロイ・コッツァーがアカデミー賞を受賞したら、夫婦役2人ともアカデミー賞俳優となる考えるとなかなか凄い。
兄役を演じたダニエル・デュラントのぶっきらぼうだが妹のことを思う兄の役柄も良い。
パンフレットのインタビューなどを読むと、撮影の賑やかな様子も伺え、監督との信頼関係を感じることができる。
【本作は社会派というジャンルでは括れない】
様々な社会要素が含まれているが、本作の軸になっているのは、どの家庭にも共通する子供の旅立ちである。だからこそ本作は普遍的な物語として観る人の心に響く。
また音楽映画として楽しめるのも素晴らしい点だ。1960年~70年代のヒット曲を中心に様々な音楽が盛り込まれている。
観終わった後に、サントラが欲しくなった人は筆者だけではないだろう(ちなみにSpotifyにもプレイリストがあったので、気になる人はチェックして欲しい)
性に奔放な描写もあるものの、実はこれは『エール!』譲り。しかも描写は控えめになっている。(逆に『エール!』はさすがフランスという国柄を感じられる)
音楽要素含め、広く受け入れやすい作品に変わっている。リメイクとしては、本当に非の打ちどころのない完成度だと思う。
【個人的に乗れなかった箇所も】
ただ、ここまで絶賛してきたが、実は周囲ほどこの映画に乗り切れてない箇所もある。それは物語終盤、大学受験を諦めたルビーを、家族が受験会場まで送り出す場面から、ラストまでの展開だ。この一連の展開は、劇中で最も感動的な場面だが、筆者には全て上手くいきすぎているようにも感じられ素直に感動できなかった。
父親がルビーを送り出すのは理解できるが、母親はすんなり納得したのだろうか。どちらかというと父や兄より母の方がルビーに家に残って欲しがっていたからこそ、母親の心境の変化を描いて欲しかった。
また、受験の最中で、歌に合わせてルビーが大学に合格し、家族による漁業組合も順調な様子が映像で流れるが、こうした成功描写も自分はすんなりと受け入れられなかった。
この映画はコーダであるルビーとろう者である家族の絆がテーマとなっている作品だ。ルビーの思いが家族が理解し、受験に送り出してくれたこと。さらにルビーが手話を使った歌で家族に思いを伝えたこと。この二つの場面で、この作品が描きたかったことは達成したと思っている。
仮にルビーが受験に落ちたとしても、彼等の日常は続いていくし、それはこれまでの日常とは違ったものになっているはずだ。それだけでも充分ではないだろうか。現実的な問題を描いていただけに、ここからの場面はシンデレラストーリーのようで地に足がついてない感じがした。
【本作をもっと知られて欲しい、より多くの人に観て欲しい】
当然、そこを差し引いても本作が素晴らしい作品であることは間違いない。それに製作経緯などを読むと、この作品自体が、作り手側の希望とメッセージが込められた作品として作られていることが伺える。それなら、むしろあの終わり方で良かったのかもしれない。
何にせよ本作が素晴らしい作品であることは間違いない。日本でも映画好きを中心に盛り上がってはいるが、内容の素晴らしさには追い付いていないと感じる。本作はもっと知られるべき作品だ。
アカデミー賞も是非受賞して欲しい。
そして、そのことをキッカケにより多くの人に観て欲しい。
【『エール!』配信情報】
本作のリメイク元となった『エール!』もとても良い作品なので、『コーダ』を気になった人は是非こちらもチェックして見て欲しい。
※Amazon Primeほか、U-NEXT、Rakuten TV等で配信中。(配信状況は変わる事もあります)
【『コーダ あいのうた』過去ノミネート・受賞歴】
『コーダ あいのうた』のノミネート・受賞歴一覧はこちら。この数の多さからも本作の素晴らしさが伺える…
【パンフレット情報】
映画が気に入った人はパンフレットも読んで欲しい。特に自身もろう者の両親を持つライター五十嵐大さんによるコラムが良い。日本には2万2千人ほどのコーダがいるとは知らなかった…
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