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格差社会の犠牲者か?新たな生き方の幕開けか?『ノマドランド』が投げかける人生の在り方

3月26日から公開されている映画ノマドラント。アメリカの路上で暮らす車上生活者たちの生き様を描いた本作は、第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞を獲得、第45回トロント国際映画祭では観客賞を受賞するなど高い評価を獲得しており、第78回ゴールデングローブ賞でも作品賞や監督賞を受賞、第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など6部門でノミネートされるなど、世界中の映画賞を総ナメにしてるといっても過言ではない作品だ。筆者も鑑賞したが、これだけの賞を受賞するのも納得、今の社会へののカウンターともいえる本作は、スクリーンを超えて観る者の心に触れてくる傑作だった。

『ノマド(nomad)』とは本来、英語で『遊牧民』を意味する言葉だ。日本では数年前からノートパソコンやタブレット端末などを使い、カフェなどで仕事をする人々を『ノマドワーカー』と呼ぶが、今作での『ノマド』は車上生活者を現代の遊牧民(ノマド)に例えている。冒頭、主人公のファーンがAmazon倉庫で働く場面から物語は始まる。誰もが一度は利用したことあるであろうAmazonが出てきたことで、映画と観客の距離は一気に近くなることだろう。これは遠い国の話の話ではない、私達にも関わる物語なんだという現実を突き付けてくる。本作の原作である『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』はノマドの証言や生活をまとめたノンフィクションだ。著者のジェシカ・ブルーダーは、約3年にわたり車中泊をしながら全米を巡って数百人のノマドを取材している。そのため、映画も主人公のファーンを演じたフランシス・マグドーマンド以外は、ほぼ実際にノマド生活を送っている人々が出演している。本作は、ファーンが様々なノマド達と出会っていくドキュメンタリー的な側面と、ファーンが自らの人生の模索していくロードムービーとしての物語が描かれている。

本作からはアメリカの社会事情と背景が読み取れる。筆者が挙げたいのは2つ。
一つはアメリカンドリームの崩壊という点。真面目に働き続けていれば、安定した人生を過ごせる、そんなアメリカンドリームという幻想は2008年のリーマン・ショックでもろくも崩れ去った。加えて住宅市場の崩壊によって大多数の低賃金労働者が、住居費を維持し続けることが困難になる。これがノマドを生み出した直接的な要因となっている。さらにこの状況は、格差社会が生み出した貧富の縮図ともいえる。この問題はアメリカと同じく格差が拡がりつつある日本にも通ずる問題だ。アメリカと違い広大な土地を持たない日本では、本作のノマドのような車上生活者の集団が生まれる可能性は少ない。しかし、彼等と同じように自宅で生活することが困難な人々が家を持たなくなる生活する…そんな未来を頭の中に浮かべてしまう。

もう一つが物質主義への疑問と新たな生き方の提示という点。意図せず車上生活を強いられることとなったノマド達だが、彼等は厳しい環境の中に新たな人生観を見出している。彼らは語る『毎日、朝から晩まで働いても、定年になったら捨てられる。しかし、この生活には今までの人生にはなかった豊かさがある』と。本作で特に印象に残った場面がある。ノマド達が集まる集会に参加したファーンが朝、挨拶しながら集会を巡る場面だ。そこで映し出されるのは、会社員の慌ただしい朝とは全く違う穏やかな朝の様子。長回しの撮影と景色の素晴らしさも相まって、鑑賞しながら思わず溜め息をついてしまった。『ノマドランド』は、忘れられてしまった人間の本来の生活を思い出させてくれるような作品だ。
ファーンは、旅の過程で様々な人達と会う。その人達と挨拶を交わし人生に触れ別れていく。それはSNSで顔の分からない相手と繋がるような関係とは全く違う一期一会の出会い。どちらが正しいとか間違っているという話ではない。だが、劇中のノマド達の生き方には、自身の人生を振り返ってしまうような、そんな魅力がある。
今後ノマドという生き方がどうなるかは分からない。しかし、映画はノマドという生き方を一過性のモノではなく、新しい生き方として提示しているのだろう。劇中のファーンの選択こそ、まさにその意志表示といえるのではないだろうか。

本作を監督したのはクロエ・ジャオ。中国出身の新進気鋭の監督だ。実は今回、クロエを監督に推薦したのは、ファーン役をつとめたフランシス・マグドーナンドだという。こちらのジェシカ・ブルーダーへのインタビューによると、本作の制作のキッカケは、フランシスのエージェントの夫が原作を読んで、フランシスのエージェントに紹介したのがキッカケとのこと。その後、フランシスがクロエの映画「ザ・ライダー」を観たことで、本作の監督に相応しいと考えたらしい。
自身で原作の映画化権を獲得するほど惚れ込んだフランシス・マグドーナンド。『スリー・ビルボード』(2018年)でもそうだが、孤高のアウトローな女性が本当に良く似合う。今作でも文字通り身体を張って熱演をしている。映画『ノマドランド』は3月26日から公開されている。配信やレンタルでもその素晴らしさを味わえる作品ではあるが、個人的には劇中の荒野やマジックアワーなどが素晴らしすぎるので、是非大きいスクリーンで観ることをお薦めしたい。


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