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【日本の暗部を煮詰めたような】映画『さがす』感想【心抉られる】

「指名手配中の連続殺人犯見たんや。」と言う父、智の言葉から始まった。娘の楓は冗談だと聞き流していたが、翌朝、父親は家から姿を消していた。警察にも取り合ってもらえない中、担任の教師や友人と必死に父親の行方を捜す楓。やがて、日雇い現場の名簿に父の名前を見つけるが、会いにいったその人物は全く知らない若い男だった。失意の中、楓は連続殺人犯の指名手配チラシに目が止まる。そこには工事現場で会ったあの若い男の顔があった…

2022年1月21日から公開の映画『さがす』。『岬の兄妹』(2019年)で、一躍世間にその名を知らしめた片山慎三監督の商業デビュー作にあたる作品だ。疾走した父親の行方を追ううちに、世間を騒がす連続殺人犯と出会うことによって、三者三様の運命が交錯していき物語の全貌が露になっていくという物語。
今回は本作の感想と劇中で参考にしているであろう事件をまとめてみた。

【注意!】この記事は劇中の具体的な内容に触れています。鑑賞前に余計な情報を入れたくない方は、映画を鑑賞してから読むことをお勧めします。

2022年製作/123分/PG12/日本

片山監督の作品ということで、予想はしてたが、やはり心をえぐり取られる作品だった。
貧困、安楽死、嘱託殺人…現在の日本のあらゆる暗い部分混ぜて煮詰めたかのよう。『岬の兄妹』同様、人の見たくないものを、まざまざと見せつけてくるような作風は健在。間違いなく観る人は選ぶ作品だろう。

【本作で参考にした思われる事件5選】

片山監督の前作の短編作『そこにいた男』も2019年に起きた新宿ホスト殺傷事件をもとにしてたけど、今作も日本の事件がいくつもサンプリングされている。

ここでは、劇中の人物の言動から参考にしたと思われる日本の事件をまとめてみた。自分が観た限りでは、少なくともこの5つの事件を参考にしていると思ったが、もし追記などありましたらコメントよろしくお願いします。

ショッキングな内容の事件を扱っているため、自己判断で読むことをお願いします。

【座間9人殺害事件】
事件概要:2017年に神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が見つかった事件。犯人はSNS等で自殺志願者と接触し、自宅アパートに連れ込んだのち女性には性的暴行を加えたうえで、全員の首をロープで絞めて殺害している。
劇中への反映:山内もSNS上で複数のアカウントを使い、自殺志願者を募り殺害していた。殺害した後、遺体をバラバラにしてクーラーボックスに詰めていた。実際の事件の犯人(白石隆浩)の『本当に死にたい人はいなかった』という発言が山内の台詞とほぼ同じ。

【ALS患者嘱託殺人事件】
事件概要:2019年に京都市で、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に依頼され、現役医師と元医師が薬物を投与し殺害した事件。
劇中への反映:ALS患者のTwitterの投稿内容と、智の妻がTwitterに投稿していた内容が似ている。

【リンゼイ・アン・ホーカーさん殺人事件】
事件概要:2007年に千葉県市川市で英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーが市橋達也に殺害された殺人事件。市橋達也が逮捕されるまでの逃亡劇は世間を大いに賑わせた。
劇中への反映:逃亡中の市橋の行動と、劇中の山内の行動パターンが似ている(孤島に潜伏し、解体現場や建設工事などの日雇いの仕事をしていた)

【相模原障害者施設殺傷事件】
事件概要:2016年に神奈川県相模原市の知的障害者施設『津久井やまゆり園』で起きた大量殺傷事件。入所者19人を刺殺し、入所者・職員26人に重軽傷を負わせたこの事件は戦後最悪の大量殺人事件でもある。
劇中への反映:犯人(植松聖)と山内の思想(智をそそのかす方便だとは思われる)が似ている

【世田谷一家殺人事件】
事件概要:
2000年に東京都世田谷区に住む一家4人が自宅で何者かによって殺害された事件。いまだに犯人の特定や逮捕には至っておらず未解決事件となっている。
劇中への反映:犯行後の行動が似ている(実際の犯人もアイスを食べながらパソコンをしていたことが分かっている)

【予想外の展開と巧みな時系列、笑ってしまうようなユーモアに心揺さぶられる】

貧困や実際の事件…こうした情報が含まれ映画と聞くと「社会派映画」とおもうかもしれないが、本作は社会派映画ではない。
過去作(『岬の兄妹』公開時)のインタビューでも語っているが、片山監督が目指すのは、社会的メッセージを押し出した作品というよりは、観る人の心を揺り動かすエンターテイメント作品。本作を観てもそういう作品になっていることが分かる。

まず、過去を遡っていくことで物語の真相が分かっていくような構成自体がミステリータッチ。予想外の方向に展開していく物語にゾクゾクさせられるし、パズルのピースが埋まっていくような感覚にはカタルシスが感じられる。

片山監督はクエンティン・タランティーノ監督が好きと言うことで、その作風を参考にしたとのこと。加えて随所に挟まれたユーモアにも笑ってしまう。シリアスとコミカルさが混在するのは片山監督の全ての作品に共通している。

佐藤二郎演じる父親と伊東蒼演じる娘の掛け合いシーンは
思わず笑みがこぼれる場面が多い

大阪の西成区を舞台にした撮影も「普段見れないものを見ている」感覚に気持ちが上がる。片山監督の出身地は大阪だが、いつか西成で撮影をしたいと思っていたという事で、本作では特にこだわったそう。
序盤の楓が智を迎えにいく時の街の様子からして驚かされた。
(撮影中に監督も絡まれたらしく、詳細は下記記事にあるので興味ある人は目を通して欲しい)

【佐藤二郎の新たな一面、新進気鋭のキャスト陣の演技の凄まじさ】

本作の質をより高めているのがキャスト陣の名演技。
智役の佐藤二朗、これまでコミカルな役柄の印象しかなかったが、本作では改めて役者の幅を感じさせられる凄まじい演技をしていた。

もともと片山監督がポン・ジュノ監督作品の助監督をしていたという経緯もあってだろうか、個人的には『パラサイト』(2019)のソン・ガンホを連想させるようなコミカルさとシリアスさが入り混じったキャラクターが素晴らしい。

伊東蒼と清水尋也、両者ともこれからの映画界で活躍していくのだろう

楓役の伊東蒼と山内役の清水尋也、正直、どちらもノーチェックの役者だったが、この2人の演技も凄かった。伊東蒼は『じゃりン子チエ』みたいなキャラクターが微笑ましい。佐藤二郎の役もそうだが、この物語がシリアスになり過ぎないのは、この2人のキャラクターと掛け合いによるところがかなり大きい。

清水尋也は、楓が建設現場で出会う時など不気味な印象しかないのに、海岸での佇まいは別人かと思うくらい垢ぬけている。この1作を観ただけでも恐らく色んな役柄になりきれる役者なんだという事が想像に難くない。

劇中に、自殺依頼を出すムクドリ役の森田望智なども含め、この映画に出ている役者全員が、見事に役柄にハマっていた。

【まとめ:合わなかった点など】

ここまで作品の良いところだけを挙げてきたが、正直言うと、筆者個人は絶賛するほどハマった訳ではない。
目まぐるしく変わる展開についていけず、途中で集中力が完全に切れるところもあったし、ツッコミ所も気になった(智の妻の首吊りに関しては誰も疑問に思わなかったのだろうか?等)

だが、観ていて何度も心を震わさせられたし、監督の狙い通り、様々な感情に揺り動かされる凄い作品だったことは確かだ。
片山監督、今回が商業作品1作目ということだが、これからどんな作品を撮っていくか楽しみだ。

【参考記事】

物語をより知りたい人は下記の記事がお薦めです。


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