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【乾いた町】映画『渇きと偽り』感想【嘘にまみれた人々】

まさに良質なミステリー。評判の良さにつられて鑑賞したが大満足。

映画『渇きと偽り』は2020年に製作されたオーストラリア映画だ。干ばつに苦しむ田舎町を舞台に、一家心中事件の真相を追う警察官と彼自身が抱える過去の事件が交錯する物語が描かれる。

「キワエラでは324日間、雨が降っていない」
これは映画冒頭で流れるテロップだが、この時点でギョッとする。オーストラリアの水不足は深刻な社会問題だ。舞台になっているキワエラは架空の町だが、オーストラリアでは実際に1年近く雨が降っていない地域もあるらしい。映画はこうした社会背景によって貧困していくコミュニティと人々の心情が描かれている。

閉塞感のある田舎、余所者に排他的な人々、嘘と疑心、日本だと湿っぽくなりそうな題材だが、オーストラリアの乾いた荒野と対比になっているところが面白い。荒野を舞台に殺人事件の真相を追うというという舞台設定だけですでに魅力的だ。

本作の主人公アーロン・フォークを演じたのは『ブラックホーク・ダウン』、『ミュンヘン』、『NY心霊捜査官』のエリック・バナ。ヒーロー映画好きなら『ハルク』で知ってる人も多いのではないだろうか。監督・脚本をつとめたのはオーストラリア出身のロバート・コノリー。

鑑賞中『ウインド・リバー』を思い出した。荒野と雪山、舞台や物語は全然違うが、雰囲気は通じるものがあるように感じる。『ウインド・リバー』のような硬派なミステリー&サスペンスが好きな人には本作も是非チェックしてもらいたい。

どちらも「物理的にも精神的にも閉鎖的な世界が舞台」という点で共通している。ミステリー・サスペンスの傑作。

※これより下記は詳細な紹介と感想になります。ネタバレはしてませんが、より具体的な内容に触れてます。

2020年製作/117分/G/オーストラリア

【紹介&感想】

どんでん返しや衝撃の結末がある映画ではない。話自体も地味だと思う。だが観始めると引き込まれる。1時間57分の作品だが気付いたらクライマックスになっていた。最近見た映画の中ではトップクラスで時間を忘れて見入った作品だった。

まず物語自体が面白い。原作はイギリス人作家のジェイン・ハーパーの小説「The Dry」(邦題:「渇きと偽り」)。デビュー作にして世界的ベストセラーとなった作品だ。映画は細かな設定は変えてるものの、基本は原作に忠実ということで、そもそもの物語自体の力が大きいことも伺える。

映画は事件の真相を追う現在パートとフォークが街を出る原因となった過去パートが交互に映される。この2つのパート構成が見事。現在パートはもちろん、過去パートは当事者のフォークの回想で語られるので緊張が途切れない。過去にいったい何が起きたのか?事件の真相は?先が気になってスクリーンから目が離せなくなる。

映像も本作の魅力を引き立てている。『マッドマックス』、『美しき冒険旅行』、『荒野の千鳥足』、オーストラリア映画には必ずと言っていいほど「荒野」が登場する。本作でもテロップとともに上空から撮った荒野が映し出されるが、その果てしなさは圧巻。説得力のある映像が冒頭から観客を「異国」へと誘うのだ。

荒野という舞台はオーストリア映画の武器だと思う。

過去と現在で映像の質感を変えているのもメリハリが効いている。回想の舞台が川辺ということもあり、過去が甘美で瑞々しい思い出になってるのに対し、現在の町が乾ききっているという対比も良い。干からびた川はフォークが失った、かけがえのない時間を思わせる。

本作はフォーク役のエリック・バナが原作に惚れ込んだところから映画化の企画が始まっており、バナは本作のプロデューサーもつとめている。

そうした経緯もあってかエリック・バナの演技には確かな力強さがある。どこか影を感じさせる瞳に表情、孤独を思わせる佇まい、映画を振り返っているとどの場面も印象的。脇を固めた俳優陣も良い演技をしている。その中でも、過去パートで幼なじみたちを演じた俳優たちは全員良かった。

青年時代を演じた俳優陣全員良かった。

特にフォークの初恋の相手のエリーを演じるべべ・ベッテンコートの存在感はひときわ輝いている。「思い出の中の初恋の人」の理想像を見事に体現しており、彼女の存在を知れたことも本作の思わぬ収穫であった。

現時点では日本で観れる出演作は少ないので、本作をキッカケにブレイクして欲しい。

本作のテーマは「嘘」。「嘘をつき続けると第二の天性になる」
これは劇中で最も印象に残った台詞だ。登場人物たちは誰もが様々な嘘をつく。幾多の嘘が積み重なることで、事件の真相は見えづらくなり遠ざかる。

そして嘘は彼らの人生にも暗い影を落とす。本作は業を背負った者たちの物語でもあるのだ。物語の最後、嘘から解放された人もいれば囚われ続ける者もいる。

原題の「dry=乾き(土地の)」を邦題が敢えて「渇き(喉の)」に変えてる点も好きだったりする。渇いてるのは誰なのだろう?フォークや嘘をついた人たちかもしれない。水不足で心が荒れた町の人々かもしれない。あるいは彼ら全員を指しているのかもしれない。

今年の5月には次回作『Force of Nature』(邦題:潤み翳り)の撮影が決まってるということで、この作品も『特捜部Q』のようにシリーズ化するのだろうか。どちらにしろまたフォークの活躍が見たいところである。

最後に配給がイオンエンターテイメントという表記を見て嬉しくなったことも触れておきたい。イオンエンターテイメントさん、正直傾向が全然分からないのだけど、コンスタントに面白い作品を届けてくれるので、何気に注目している会社なのである。次回作も是非とも配給をお願いしたい。

イオンエンターテイメントの配給作品の一例。ジャンルが結構バラバラでしょ。
センチュリーシネマの10/13の12時の回で鑑賞。お客さんは5人。パンフレットは人物相関図や原作の翻訳者の評などあって読み応えあり(微ネタバレありのため鑑賞後に読むことお薦め)

【原作本】


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