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映画『コンパートメント No.6』 旅を通じて人の繋がりを思う

列車から始まる凸凹コンビのロシア最北端を目指す旅。

『コンパートメント No.6』は、ロシアを舞台に恋人にドタキャンされた女性が、寝台列車で同室となった粗野な男性と旅を通じて交流していく姿を描いたロードムービーだ。

監督は『オリ・マキの人生で最も幸せな日』のユホ・クオスマネン。長編2作目にあたる本作は2021年74回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを受賞、アカデミー賞国際長編映画賞フィンランドの代表に選ばれるなど世界中で高い評価を得ている。

2021年製作/107分/G/フィンランド・ロシア・エストニア・ドイツ合作

育った環境も育ちも異なる2人。どう考えても気が合わないけど列車内では逃げ場もない。同じ空間で過ごしていくうちに、いつしかわだかまりはなくなり打ち解けていく…

これって学校や職場でも「あるある」で、最初反りが合わないと思ってる人とも一緒に過ごしていくうちに仲良くなることはある。

昨今のロシアを巡る状況から、監督は本作を公開するか迷ったらしいけど、自分はこんな時代だからこそ観てよかったと思った。

2人は「孤独」という点で引かれあった所もあったと思う

映画の舞台設定は90年代(原作の小説では80年代らしいが、時代背景を反映させるために脚色したとのこと)なので、劇中にはスマートフォンは出てこないしSNSを駆使する場面もない。人と人の繋がりがデジタルじゃなくアナログなのが良い。

というのも、今は多様性を謳う一方で、以前より他人との隔たりを感じる場面も多くなった気がするからだ。

SNSによって同じ価値観の人と繋がることができるようになった反面、目の前の異なる価値観の人との関係を断つことも容易くなった。
時代がアナログからデジタルに移行したことで、人間関係は「築く」のではなく「選択」する時代になったのだと思う。

それは決して悪いことじゃない。自分と考えの違う人と付き合っていくのはストレスだし、人間関係の選択肢が広がることは素晴らしいことだ。ただ、アナログ世代も生きてきた人間としては少し寂しく感じることもある。

そういう意味で2人のやり取りには懐かしさを覚えたし、本来、人と人との繋がりって、こうした互いの違いを受け入れていくことだと改めて感じた。

映画は列車内で撮影してることもあってかアップの映像が多く、終始2人の旅の行方を間近で眺めているかのよう。感傷的だったり感情を煽りたてるような演出は少なくドキュメンタリーチックな物語となっている。だからこそ2人の素朴なやり取りが胸にしみる。

2人の旅が、旅番組のように華やかじゃないのも本作を好きな理由の一つ。
美しい景色を観ることも素敵だが、自身の経験上、記憶に残るのは旅の失敗だったりやらかしだったりする。そういった自分でしか味わえないものが旅の醍醐味じゃないかと思う。きっと2人にとってこの旅はいつまでも記憶に残るものになるだろう。

クオスマネン監督の作品は初めてだったが、目線が映画を観ている自分たちと地続きなのが良い。
同じフィンランド出身のカウリスマキ作品に通じているという評を読んだが、市井の人が主人公だったり、不器用なのに切ない物語など確かに通じるものがある。

この客室乗務員の女性の無愛想な感じとかカウリスマキ作品っぽい。カメラが寄ってるから列車内の狭さが伝わってくる。

この監督の作風なのか、よく背景をピンボケさせるのだが、この演出も良かった。特に暗闇に映るピンボケしたタバコの灯やテールランプは、映画の雰囲気によく合っている。

リアルスティックに撮られた物語だから、ラストの「あの言葉」を巡るやり取りが切ない。あの言葉の本当の意味を知るのは世界で2人だけ、なんてとてもロマンチック。

ハッピーエンドと呼ぶのは似合わないけど、憂鬱な心が救われるような温かさが感じられるラストだった。

旅行に行きたくなるし、こういう観終わった後も思いが湧いてくる映画は素敵だ。大切にしたくなる1本にまた出会えたことが嬉しい。

※ユホ・クオスマネン監督の長編1作目。気になってたから、これを機に観てみよう。

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