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村上春樹とフォーカシングの交差: 「なぞかけ」をめぐる冒険 【改訂版】

本記事は、過去に日本フォーカシング協会のニューズレターに掲載された下記の記事を大幅に加筆し改訂したものです。

  • 岡村 心平 (2018). 謎かけをめぐる冒険〜村上春樹とフォーカシングの交差〜 日本フォーカシング協会ニュースレター 第20巻 第4号 p. 18-23

本記事は「研究者の数珠つなぎ」という企画で、日本のフォーカシングの研究者がリレー形式で自分の研究についてフランクに紹介するという趣旨のものでした。本来は自分のやったすでに刊行された研究を簡潔にまとめて、会員向けに発信するのがねらいだったはずなのですが、大学院生だった今から5年前の当時、ちょうど村上春樹について考えていて、他に発表する機会もないだろうと思い立ち、いきなり10000字を超える原稿をお送りして編集担当の方を困らせてしまった記憶があります。とは言え、院生の時に取り組んでいたジェンドリンのメタファー論、謎かけフォーカシングについての研究のダイジェストにもなっています。

今回は文面を整えただけでなく、後半の部分を中心に大幅に加筆してnote記事としてここに再掲することにいたしました。協会のニューズレターは会員向けの会報誌で、会員以外は閲覧できないということもあり、ここでも有料記事として公開しています(NLの著作権は著者にあります)。どうぞよろしくお願いいたします。

1. はじめに


僕は、フォーカシング実践とジェンドリン哲学をどのように結びつけていくかという関心から、大学院で研究を行なっていました。その過程で、「〜と書けて、〜と解く、その心は…」という3段謎の言い回しを用いた「なぞかけフォーカシング」という方法を提案し、ワークショップなどの実践活動や、理論的な検討を行っています。

なぞかけについて四六時中考えながら過ごす生活を続けていると、何もしていないときでも“なぞかけ”というう文字やフレーズが向こうから意識のほうに自然と飛び込んでくるような体質になってしまいました。たとえばある夜、とある心理療法の訳本を誤って手元から落としてしまったときに、パラパラとページがめくられていったその一瞬に”なぞかけ”という文字が見えた気がして拾って確かめてみると、その本にはルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の一節が引用されていて、そこに「なぞかけ(riddle)」という文言があったりしました。その出会いからキャロルの「帽子屋のなぞかけ」についての研究が始まって、これは博士論文の一部になったり、共著の書籍(池見陽(編)『心理臨床学アップデートとフォーカシング』の第6章)にて扱うことになります。

他にも、ラジオをつけていたら、どうもラジオCMにはなぞかけが多用されていたりします。次の展開を連想させるというなぞかけのフォーマットが、耳で聴くメディアと相性がいいのでしょうか。「(自分や家族が)妊娠すると、街に妊婦さんが増える」という話を聞いたことがありましたが、なぞかけの研究をしだしたら、この世界はなんとなぞかけに満ちているのだろうかと思っていました。そんな日々を送っていた2017年、日本でも世界的にも非常に売れていたあの本を読んでいて、同じく「なぞかけ」という文言を発見したのでした。

2. 村上春樹の「なぞかけ」


村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』(新潮社)には、「謎かけ」という文言がなんと5回も登場します。この小説を読まれていない方もいるはずなので、ネタバレを考慮して1箇所だけ、印象的に使われている一節を引用してみます。

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