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ハリ日記2日目

8月の疲れが出ている人が多い今日この頃・・・。
週末ともなると・・・。というわけですが、私も夏バテしているようなので、集客する気もそぞろになっている。いかんいかん。(とジャッジしてはいかん!)

以前は予約も土日はパンパンになった方がいいと思っていた。
でも今は来てくれるお客様に心地よいと感じてもらえるだけの人がこの人数なんだ。
と思うようにしている。
ずっと暇だとそうも言ってられないと思うのだが
ここ最近は自分の心が辛くない暇さと、やりたいこと、やるべきことの三つのバランスを取ることができているなぁと思うので感謝の気持ちでお仕事をしている。

昨日は忙しい。について話したけど、心を亡くしていると、それは仕事ではなく、作業なのだと感じる。
私にとってセラピストの仕事はセラピーって作業ではない。
心を込めて施術することが求められる。と少なくとも私は思っている。込める心がすり減っていてはいけない。
集中出来ない治療になってはいけないと自分で自分を叱咤激励する日々。

 気持ちの入っていない治療は受ける側になるととてもよく分かる。(そういう治療を受けていると、私の思考はなぜこの人は気持ちが入ってないんだろうかと思い始めるので、それはそれで頭の中は忙しくなる。笑)なので、気持ちを込めること。は目に見えないけど大切な事だと思っている。
話は逸れるけれど気持ちが入らなくなったら、私は山や海、神社仏閣など自然の中で自分の心を解きほぐしている。

鍼灸の治療で込めている心とは?
とても単純なのだけど「その人が良くなりますように」という祈りの気持ち。
私の心の指標になっている本「野性の力を取り戻せ」の中に日常の中にある祈りについて書かれている章がある。
セラピストの仕事は相手の健やかな日々を祈ることだ。
本を読んでから私の仕事の中での祈りは相手の健康を願う事だお思っているし、それは時に自分自身の健やかな日々を信じられなくなった人にとっては祈ることすら出来ないこともあるからこそ必要だと感じている。
目の前の患者さんの体の持つ力を信じる最後の1人でありたいと思っている。
セラピストは自分の幸せを、健やかな日々を願えなくなった人であっても全てを肯定し、その人の代わりに祈る行為こそが仕事なのだ。
その人の体がよくなろうとしているから、私を見つけ、セラピーを受けている。そう信じている。

どんなに弱っている患者さんでも、少しずつその人のペースで体は回復していく。体が先、心は後、来る度に少しずつ頭の中が整理されていく過程を経て元気になっていく。

鍼灸の治療ってどうしても人✖️人で行う物だしオーダーメイドになるしかない。ホームページを見ているとオーダーメイドって言葉があちこちで展開していて私のHPでも使われているけど、これ患者さんに響いているのかな?と我ながら苦笑いしてしまう。
自分の体と心が感じるままに、そして自分の心や機嫌は自分で調整しながらゆっくりと癒しを提供出来る手を育んでいきたい。

夏バテには人一倍敏感な私は心を休めることも
大切なセラピストの仕事だと知っている。
以前は忙しくしていると患者さんからパワーをもらっているから元気!って思っていた。今は忙殺という忙しさに己を殺されることなく、やりたい事、やらなくてはならない事の線が弾けていると感じているのも、成長なんだと信じたい。

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