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「針の館」という精神病院が舞台の小説をご存じですか? 義経=成吉思汗を解明した女性の作品です

義経=成吉思汗説の核となる成吉思汗という名前の秘密を解き明かしたのが、高木彬光ファンとして「成吉思汗の秘密」最終章に登場し、謎解きをした仁科東子(はるこ)さんです。
義経最愛の女性、静御前の決死の恋歌に対する返歌こそが成吉思汗の漢字四字に込められているという推理です。
仁科東子さんは、「成吉思汗」を、漢文を読むようにレ点を使います。汗を分解して水干と読むなど、平安時代以降普通に行われていた言葉遊びも駆使して、<吉野に誓成りて水干思う>
つまり、吉野で生き別れてからも静を思い続けていると、解き明かしました。
そんな仁科東子さんに興味を持ち、彼女の作品「針の館」(1960年、カッパノベルス)を大きな公立図書館で見つけましたので、紹介します。私が生まれる前、60年以上前の随分と古い小説ですが、精神医療の大きな問題は今もなお続いているように見えます。
 
正直、あまり期待はしていなかったのですが、五感すべてを刺激するような精神病院のリアリティーによって、引き込まれ、一気に読み終えてしまいました。
周囲の人間関係によっては、容易に精神病院に入院させることができ、「自分はまともだ」と訴えても、いや訴えれば訴えるほど、外部との接点はどんどん小さくなり退院は夢のまた夢となっていく。主人公は折り合いをつけて、病院にとって都合の良い患者を演じて、退院(脱出)の機会を手繰り寄せようとします。「入退院は院長と患者の保護者のみの一存で決まる」ため、刑務所を脱獄する以上に精神病院を抜け出すのは大変なことだと実感しました。
 
アメリカの脱獄ドラマ「プリズンブレイク」で、精神病薬について「見えない手錠で縛るためだ」というセリフが出てきますが、投薬治療のみならず、電気ショック療法やインシュリン療法なども、本当に治療を目的としているだろうか、むしろ管理しやすい患者にするためではないか、とも思いました。
同じくアメリカのテロ戦争ドラマ「ホームランド」で双極性障害の主人公が電気ショック療法を受ける場面が出てきます。印象に残るシーンのひとつでしたが、本書の中で電気ショックをかけられる主人公やほかの患者が受ける心身への痛みの描写を超えるものではありませんでした。まさに読むほうも針で刺されるようでした。
 
鬱々とした気分になりそうですが、閉鎖病棟の心優しい患者たちのエピソードと、冷ややかな医療関係者に囲まれるがゆえの固い絆が数少ない救いです。
「監禁されている彼らこそ一般社会の人間よりもずっとずっと人間的である」という一文があります。本書を読めば、患者への理解が間違いなく進みますが、精神医療への不審も間違いなく芽生えることでしょう。
 
仁科さんのあとがきにはこうあります。実に63年以上の前の日本の話です。
「ここ数年来、精神病院はちょっとしたブーム状態である。この波に乗って、個人経営の病院が続出している。中には、金をためこんだパチンコ屋やフロ屋の主人が資金を出し、医者をやとって投資的に精神病院を経営しているところさえあるという。『患者一人が一万八千円(国庫または健保組合から一カ月に支払われる扶助料は、入院費一万五千円、薬代三千円、計一万八千円である)の札束に見える。』と放言した病院事務長もあったとか――。(朝日新聞・昭和三十五年三月二十七日付朝刊) (中略)昭和三十五年、世界精神衛生年にあたって、わたしはこの一編を、正しい精神病治療のために、ささやかながら一つの警鐘として捧げたいと思う」
 
森田洋之医師は元夕張市立診療所所長。夕張市の財政破綻による同市立病院から同市立診療所への格下げ・医療資源の大幅な縮小を経験、訪問診療・看護の充実で病床数は9分の1になっても同じかそれ以上の医療が提供できることを実証。著書「日本の医療の不都合な真実」(2020年、幻冬舎)で、医療側に不都合なデータを披露しましたが、特に日本で目立つのは、精神医療の飛び抜けた”充実ぶり”です。
 
引用しますと、
<日本の精神科病床数の多さは異次元レベルに突出して世界一。あまりにダントツすぎて世界各国からそのデータの信ぴょう性を疑われるほど。イタリアなど先進国の中ではそもそも精神病院の入院がほぼゼロの国もある。
精神科病院の多さは日本の世界一の病床数に大きく貢献している。
昨今若年層の精神科疾患が減っている。精神科病床が埋まらなくなっている。病床を埋めるために、精神科病院の空き病床対策として「長期入院の容認」と「増える認知症患者」がある。
「入院患者一人当たりの平均入院期間」は日本が世界一。診療報酬は低く設定されているが、ないよりはましで、家族も長期入院の方が助かる背景がある。>
 
異次元の病床数を維持するためのしわ寄せを真剣に考えなくてはいけません。医療経済事情が最優先されていいわけがないのです。

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