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平成の終わりに

昭和~平成、平成~令和。

なんと心静かで穏やかな時代の変わり目だろう。
氏神様にお参りして御朱印を頂いて、テレビで天皇陛下のお言葉を聞いて、その後も家でゆっくりと。

昭和が終わり平成が始まった1989年1月、自分は15才。
昭和64年1月7日、昭和天皇が崩御された(崩御という言葉を初めて知ったし、印象的だった)ことで昭和が終わり、翌8日に平成が始まったときには、あらゆることが「自粛」され、日本中が重苦しい空気に包まれていたのを覚えている。

一方で、平成の終わり・令和の始まりは明るく希望に満ちていて前向きで、単純に「いいな」と。

平成を振り返る番組がたくさんあったり、「平成最後の~」とか言ってSNSにアップしたり…「平成の思い出を残しておく」など、新しい時代への心の準備ができて。

皇室典範とか伝統から見た善し悪しみたいなことは分からないし、考えが至らないところもあるとは思うけど、かつては生前退位も当たり前だったと言うし、(あえてこういう表現をするが)「人の死」をトリガーにしない時代の変わりかたがこんなにも良いものなのかと、本当に感慨深い平成最後の夜。

平成の自分を振り返る ~namco魂~

平成の30年間のうち実に23年が社会人生活!
高校時代も大学時代も思い出深いけど、「平成≒社会人生活」かなぁ。

【namcoへの想い

私は、1996年(平成8年)に株式会社ナムコ(namco)に入社した。

「人にかかわる仕事がしたい」という理由から「営業職か接客業か」で就活した末に、アミューズメント施設運営職としてナムコに入社するわけだが、最終的にナムコを選んだ理由はやはり「ゲームのnamco」への想い・憧れ。

幼少期に近所のデパート屋上にあったゲームコーナー(後にナムコの店だったことを知るのだが…)で触れたnamcoのゲームは、ゼビウスにしろドルアーガの塔にしろパックランドにしろ、面白いだけでなくスタイリッシュでカッコ良かった。

namcotのTVCM(「クーソーしてから、寝てください。」「オモいカルチャーをオモチャーという。」)も、とにかくオシャレだったんだよなぁ。

また入社当時は、家庭用ゲーム機としては初代プレイステーションが世を席巻していた時期なのだが、ロンチタイトルとしてのリッジレーサー、3D格闘の鉄拳2など、namcoは先頭を走っていた。
業務用(アミューズメント施設向け)も何かダイナミックで尖がってた。ギャラクシアン3 シアター6とかね。

そんな「楽しんで先をいっちゃってる」感じが好きだったんだと思う。

【ナムコ手帳の中の「namco魂」

そんなナムコに入社すると毎年、社員に「ナムコ手帳」と言われるスケジュール帳が支給された。
ここに、基本理念であり 創業者で当時社長(会長)だった中村雅哉さんの大事にしている言葉が掲載されているのだが、これが自分の(周りの人たちに聞いても)仕事観にも大きく影響している。

「人間は遊ぶ存在(ホモ・ルーデンス)である」(ヨハン・ホイジンガ)
■「高次の産業ほど高付加価値を生み出す」
 (第4次産業=『知識産業』、第5次産業=『情緒産業』)
■「知好楽」
 論語「子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者(これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)」
■「ハイ・テクであればあるほど、ハイ・タッチが必要」
■「エンターテインメント=おもてなし」
■「強い者でもなく、賢い者でもなく、変化に対応できるものが生き残る」
 
(ダーウィンの進化論より)

先日開催されたナムコの同期会で、既にグループから飛び出して活躍している多くのメンバーと話をしたが、みんなナムコが好きで、ゲームが好きで、遊びを作り出すことが好きな、相変わらず最高な面々だった。
namco魂はしっかり生きているし、namcoレッドの血が流れてる感。

2005年に行われたバンダイとのグループ統合、その後のグループ内での会社統合や商号変更などで、今や「株式会社ナムコ」という企業名はなくなってしまったが、namco魂は令和の時代にも忘れず自分の中で大事にしていきたい。

令和に向けて~「人に携わる仕事」を軸に~

【これまでの仕事

平成を振り返ると、切り口こそ違え、いずれの場面でも一貫して「(多くの)人と関わる仕事」「人に携わる仕事」をしてきた。

アミューズメント施設の店員・店長時代。(20代中盤まで)
店舗企画・開発時代。(20代後半)
グループ会社の経営支援ナムコとバンダイの統合業務、統合後のゲーム主幹会社で経営企画(30代前半)
・子会社の立ち上げ~経営/人事責任者
(30代後半~40代前半)

施設運営時代は(時には危ない思いもしながらw)「おもてなし」や「楽しい時間」を直接的に提供し、お客様が増えた減ったで一喜一憂してきた。

店舗開発時代は お客様を想像しながら、運営を担当する店長をはじめとするスタッフの方々やエリアスタッフの方々と協働して「場」創りをしてきた。

バンダイとナムコの統合では、違った歴史と文化を持った会社が一緒になったときの“悲喜こもごも”みたいなことを、事務局員としても一社員としても間近に見てきた。

新設分割での立ち上げに携わった今の会社では、人事に携わる者として、そして役員として、人を採用し、活かし、育て、人が集まって力を発揮することの難しさと喜びを日々感じている。

【令和の時代に必要な「人の視点」??

自分はもともと人見知りで、そこまでコミュニケーション力が高くないので、人と携わるのは決して「得意分野」ではない。
それでも令和の時代も「人に関わる仕事」という軸を持って仕事をしていきたいと思っている。

理由の一つは「今までいろいろな角度で人と関わりながら仕事をしてきて、これからも人を活かしていくことに責任を持つべき立場にいる」ということ。

もう一つは、「namco魂」

2045年問題、シンギュラリティ…難しいことはよく分からんですが、そういう時こそ、「おもてなし」「ハイ・タッチ」「知好楽」「変化に対応するものが生き残る」…という視点がより大切になってくるのかな、と。

最後に

もうあと30分ほどで「令和」の時代が幕を開ける。

新しい時代が、自分にとっても、家族にとっても、関わってくださる皆さまにとっても…そして 令和を生きる全ての人にとって、「楽しい」時代になりますように!!

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