第27回 労災障害等級の判断をめぐる争点 -法目的を見失う障害〔補償〕給付-

1.労災障害等級の特徴
 労働災害の〔再〕審査請求事件では、業務外とされた認定判断の取消しを求める申立ての次に、障害等級の変更を求める申立てが多い。傷病が治癒(症状固定)した後に障害が残った場合、どの程度重度なものであるかによって、〔補償〕給付の額は大きく変わってくるため、被災者はより重篤な障害が残存しているとの主張を行うのである。労災保険法上の障害等級は第1級から第14級までと細かな区分になっており、第1級から第3級までしかない障害厚生年金とは大きく異なる。また、障害者自立支援法においては、現在、障害支援区分という形で個別に必要な援助を評価することとなっており、基本的には医学的評価のみで細かく輪切りにされる労災保険の場合には、不満を生じさせることが多くなるのである。

2.判断が難しくなるケースとは?
 認定された障害等級の不服申立ての理由は多岐にわたるが、特に難しい判断となるのは、外傷を伴わない整形外科の分野と器質的な障害が明白ではない脳神経外科系の分野における障害の評価である。前者の例としては、腕が上がらない、握力がない、手ないしは足が硬直して動きにくいなどといった訴えであり、後者の例としては、外傷性脳損傷の後遺症として物忘れがひどい、突飛な行動をするなどといった行為もしくは判断において影響があるとの訴えである。医学の進歩によって、電導検査やCT,MRIなどの造影検査をすれば、当人の訴えに理由があるかは相当程度把握可能となっており、明らかな詐病などは容易に見破られる。ところが、上記のような整形外科や脳神経系の障害については、専門医であっても判断が難しいケースが生じるのである。

3.主治医の意見書の取り扱い
 障害の評価においては、被災労働者の主治医と労基署または鑑定医との意見が異なることが少なくない。主治医は、患者が主張する症状をもとに診察ないしは治療を行うものであり、信頼関係の存在が絶対条件となり、仮に検査結果から見て患者の訴えに疑問があったとしても、立場上その主張を否定するわけにはいかない。主治医による意見書の中には、患者に強く迫られてやむを得ず書いたと思われるようなものがあるらしいが、相応の専門医や鑑定医が読むと、そうした事情も分かるそうである。
 今回は、コロナ禍問題から離れて、労災保険における障害補償の法的問題とそのあり方について意見を述べることとする。

4.一時金か年金かの分岐点
 障害等級の認定に係る不服申立てにおいては、例えば、第14級と認定された判断について、第12級レベルの症状であるといった主張をされるのであるが、特に、被災労働者に大きな影響をもたらすものとして、第8級相当であるか、第7級相当であるかの判断がある。すなわち、第8級であると認定されると、一時金として給付基礎日額の503日分がもらえるに留まるものが、第7級相当であると認められると、年金として年131日分が当該障害の続く限り(多くの場合、生涯にわたって)もらえることとなるので、その差は極めて大きなものとなるのである。両等級の分岐点は、障害等級表上、上肢や手指やせき柱といった整形外科分野における障害の程度の評価であることが多く、医学的な判断は微妙なものとなりがちなのである。特に関節の機能については、第7級と認められるか否かは、「著しい運動障害」が残っているか否かであるとされており、被災労働者として著しい障害であると主張したい気持ちになるのは分からないでもない。もちろん、「著しい運動障害」であるか否かについては医学的なメルクマールが存在しており、専門医によって客観的に評価されることとなるが、障害〔補償〕給付の額にここまでの差を設けることが妥当であるかは疑問なしとしない。

5.軽度外傷性脳損傷(MTBI)の障害等級をめぐる問題点
 近年、再審査請求にまで至ることが多くなってきたものとして、軽度外傷性脳損傷に係る障害等級の評価がある。軽度外傷性脳損傷の労災認定については、医学会のみならず、地方公共団体の長ないし議会から、広くこれを認めるよう求められるなど、画像所見がなければ認めないとする従来の認定基準に対する批判が高まっていた。しかし、裁判で争われる例が増え、自賠責保険においてこれを認める判断が下されるなどするなかで、労基署も、実際に業務に起因する相応の事故等によって脳に何らかの異変が生じていると合理的に推認できるようなケースについては、仮に明白な画像所見がない場合にも労災と認めてきている。しかし、問題は、当該障害がどの程度重度なものであるかについては判断が難しく、度々被災労働者と労基署の判断には差が生じてしまうという点にある。脳の障害に起因する生活上の苦難は、必ずしも定型的なパターンとして現れるものではないため、どの程度の障害であると判断するかは、仮に当該被災労働者の生活状況を完全に知りえたとしても判断は難しい。常時もしくは随時介護を要するような状態にあれば、第1級もしくは第2級と判断することは容易となる(このレベルであれば、ほとんどの場合画像所見で確認可能)が、身体機能に明らかな障害が認められない場合には、どの程度の高次脳機能障害の状態にあるかの判断材料が乏しい場合が多く、第9級ないしは第12級といった判断をせざるを得なくなる。一時金たる労災障害〔補償〕給付によって生活できなくなる場合には、障害者自立支援給付等に頼るといったことになってしまうため、市町村等の役所から批判を浴びることになっていると考えられるが、民間の損保と同様、客観的な証明手段がない以上、いかんともしがたいとしか言いようがない。

6.醜状障害評価の改定への疑問
 障害等級の評価において、強烈に違和感を持った出来事として、醜状障害の評価の改定がある。2011年に、確定した地裁判決を受けて、外ぼうの醜状評価については男女に差を設けないこととされ、評価表から第14級という評価が削除され、さらに第9級という評価が追加された。確かに、女性のみ、第7級と評価されることがあるとの従来の基準については、男性差別であるという点もさることながら、あたかも女性は仕事において外ぼうを意識させることが多いとの認識を与えることから、変更すべきであったことは理解できる。しかし、美容整形分野の進化が激しい現在、醜状の存在を理由として年金の支給となる第7級という評価を残存させたことは、きわめて不合理であるといえる。第9級は「相当な」醜状とされ、第7級は「著しい」醜状とされており、顔面についていえば、それぞれに一定の長さ(大きさ)の線状痕や陥没があるといった形での客観的な判断指標が示されている。つまり、当該指標に該当する限り、自動的に障害等級が決まるわけだが、労災補償給付として美容整形に必要となる相応の費用を支出することとすれば、少なくとも「著しい」醜状は改善できるものと思われる。そもそも外ぼうの醜状によって就職が困難になる時代であるとは思われないが、仮に〔補償〕給付を認めたとしても、年金による補償を与えることが適当であるとはいえないであろう。障害補償給付が、労働能力の喪失とは関係のない賠償に近い側面もあることを是認したとしても、他の障害等級との比較においてバランスを欠いていると思われてならない。

7.第14級「神経症状」の評価のあり方
 障害等級の判断において悩ましいもう一つの問題として、第14級「局部に神経症状を残すもの」の解釈がある。第14級判断については、第12級において「局部にがんこな神経症状を残すもの」との基準があることから、同等級に値する障害であるとの不服申立てが多いが、より難しい問題は、ここでいう「神経症状」とは全身を包括した概念であるのか、局部的な症状を指すのかという解釈の仕方にある。つまり、ある事故によっていずれかの手指に違和感が残存していたところ、別の事故によっていずれかの足指に同様の症状が生じたといった場合、前者の解釈であれば、すでに神経症状に係る障害を有しているということになるため、負傷部位が異なるとしても、再び第14級と判断されることはないが、後者の解釈に拠れば、別の部位における神経症状であるとして、再度もしくは何度でも、第14級の補償給付を受けられるということになるのである。
 行政実務においては、一時期混乱したことがあるものの、現在では前者の解釈に落ち着いている。医学的には、部位が異なる以上、異なる神経系の障害であると捉える考え方もあろうが、基本的には神経はつながっていると考えるべきである。この点、小さな事故の発生を主張して、何度も繰り返して第14級の障害であることを主張してくるようなケースも後を絶たず、神経症状を理由とする第14級の判断は1回限りとすることが妥当である。

8.再考されるべき障害〔補償〕給付の目的
 北米では、日本でいう障害〔補償〕給付は、永久的労働不能給付と呼ばれ、基本的には労働能力の欠損に対して補償をするという趣旨が貫かれており、また、障害を持つ事になった後も、被災した会社において再雇用されるよう様々な施策が施されている。もちろん、日本の障害等級表も、一応労働能力の低下を念頭においたものとなっているが、仮に再雇用された場合にも減額されることなく給付は与えられ、さらに年金については一般的な定年年齢である65歳以降についても給付は続けられることとなっているなど、実質的には身体の棄損に対する賠償的な意味合いが強い。近年、障害者雇用率の引き上げなど、障害者雇用促進政策が進められており、特に身体障害者の雇用についていえば明らかに売り手市場の状態にある。労働災害における障害〔補償〕給付のあり方は、被災した労働者の「働く権利」という視点からも、抜本的に見直されるべきである。

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