流れるように「つまらない」と言う男

 「俺さ、正直◯◯ってつまらないと思うんだよね」

 彼は悉くあらゆるものをつまらないと言うことが趣味のような男だった。固有名詞が出てくればその後に続く言葉は絶対に「つまらない」だった。彼がなぜここまで「つまらない」しか言わなくなってしまったのかは謎であるが、彼は世の中の全てのものにつまらないと言っているように思えた。

 もっとも彼のつまらないはそこまで彼の真意を表しているモノではないように見えた。一緒にテレビで漫才やコント、バラエティ番組を見ていると彼はビールを飲みながらゲラゲラ笑った。決して面白い、と言うことは無かったが、彼はそれを心底楽しんでいるように見えたのだ。

 しかし、彼は2日前にゲラゲラ笑っていた相手がネットニュースになった瞬間に「◯◯ってつまらないしな」と言うようになる。リアルタイムで見るとあんなに笑っているのに文字というフィルターを通した途端に彼は「つまらない」しか言わなくなってしまうのだ。

 私は彼がテレビだと笑うのにネットニュースだと笑わない、というような極端な書き方をしてしまったがこれには少しばかり語弊がある。彼は別にゲラではないのでまだそこまで浸透していないコンビのネタに対してはとてつもなく真顔で見ていることが多々あった。
 
 彼はあるコンビについてはとりわけ嫌いだったようで、そのコンビが出るたびに「つまらない」と言い続けていた。面白い、つまらない、は完全に個人の主観である。彼はネットニュースを通せば条件反射で「つまらない」と言ってしまう男だが、この場合は真に「つまらない」と思っているのだろう。

 私はそのコンビがかなり好きで、内心は彼の発言を苦々しく思っていたのだが、こればかりは個人の好みと割り切っていた。

 しかしながらある日の飲みの席のことだった。彼はそのコンビを

「つまらない。よくテレビにでているものだ。なんで出ていられるんだ。意味が分からない。恥ずかしくないのか。今すぐ辞めるべき。」

 と散々すぎるほどにこき下ろしていた。私も少々酔いすぎていたのかもしれない。さすがに自分の好きなモノを散々に言われてしまっては我慢できないと言うものだ。つい言ってしまった。

「何がそんなに気に食わないんだ。お前はすぐにつまらない、と口走る。彼らの努力をたったの5文字で否定する。そんなにつまらないのか。そんなに面白くないのか。それなら何がつまらないんだ。彼らの努力を考えればお前にだってただつまらないで切り捨てるのは虫が良すぎるんじゃないか。何がつまらないか言ってみろ。何がつまらないか言ってみろよ!!」

 今思えばこの発言はイタいにも程があるのだが、ここは多めにみてほしい。ただそれよりも注目したいのは、彼は私の勢いに驚いたようではあるが、その発言内容についてはポカンとしていたことだ。

 彼は暫し口を開けていたが、すぐに笑い始めた。
 私は逆にあっけにとられてしまい、

「何がおかしいんだ!」

 としか言えなかった。そうすると彼はあっけからんとしゃべり始めた。

「おいおい、珍しく熱くなったと思ったらこれかよ。まあ落ち着けって。確かに俺はつまらない、とか言ったけどさ、じゃあ何でつまらないかなんて言い出したら愚の骨頂じゃないか?
 ある人が言ってただろ?お笑いにないものは分析って。それともお前は俺に皆目見当違いな分析をさせたいのか?違うだろ。」

 彼はビールをがぶ飲みした。

「お笑いは生きがい、作品、いろんな考え方があると思うけどな、俺みたいなさほどお笑いに詳しくない、ただテレビでバラエティ番組を見るモンにとってはなぁ、酒のつまみでしかねえんだわ。日頃のストレスを面白い事で紛らす。つまらないなと感じればつまらないとこき下ろしてストレスを発散する。俺からすればバラエティ番組なんて酒を飲みながらただ面白いと感じれば笑ってつまらないと感じれば暴言を吐くだけ、それ以上でもそれ以下でもないね。そこに理由を付けることは俺の管轄外だ。」

 

*この話はフィクションです。実在する団体などとは一切の関係がありません。


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