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Gil Evans Orchestra plays Jimi Hendrix

世の中には間違ってしまったんだけど、時間が経つに連れて結果オーライになるということが多々ある。僕がこのギルエヴァンズのレコードを買ったのも、ジャズピアニスト、ビルエヴァンズのレコードと間違ったからだ。

値札を見てみると7ポンドと書いてあるので当時のレートで言えば¥1400くらいだろう。値札にお店の名前は書いていないが、バーコードが印刷されているので中古レコード屋ではなく、新譜をそろえていたコベントガーデンにあるあのお店だったことは分かる(たぶん今は営業していないし、店名も思い出せない)。再発のレコードなのでオリジナル盤ではないが、20年前はそこまでジャズに詳しくなかったし、とにかく有名なミュージシャンを安く買えればいいやという想いでビル エヴァンズと間違ってこのレコードを買った。

レコードに針を置いてみるとマイルズデイビスの名盤、KIND OF BLUEでビル エヴァンズが見せたあの美しいピアノの旋律が流れてくるかと思ったら、ディストーションやワウの効いたぐわんぐわんという激しいギターの音が鳴り出して、僕は期待していた音と全く違う音が流れてきたのでがっかりしたのを覚えている(そもそもこのアルバムのタイトル自体がギルエヴァンズ楽団playsジミヘンドリックス)。

しかしそのギルエヴァンズ楽団でギターを弾いていたギタリストこそが日本人の川崎燎だと気付いたのはずっと後になってからのことだ。

このYouTubeのライブは川崎が1988年に新宿のライブハウスでやったときの映像で、日本がバブルで浮かれていたこの時代に新宿のアンダーグラウンドではこんなライブが行われていたのかと思って驚愕したことがある。

元々僕が川崎燎のことを知ったのは97年にリリースされたHIP HOPの元ネタを集めたコンピレーションのレコードジャケットの裏側にRYO KAWASAKI 'Bamboo Child'と書かれていたからである。僕は当時そのレコードを文字通り擦り切れるほど聞いていたんだけど、ラッパーのダイアモンドDがこの曲を倍速にしてトラックを作っていたことからこのコンピレーションでも川崎の曲を倍速で収録していた。なのでオリジナルの曲を聞くとなんとなく遅く感じてしまう。かなり適当ですね。しかし僕がDJでよく使うレコードはTARikA blueという黒人バンドの中で日本人の川崎が伸びのびとギターを弾くRevelationという曲だ。テンポもハウス、テクノ くらいでディスコやブギーなんかともよく合う。

Wikipediaで調べてみると、父親の川崎寅雄は昭和初期から日本では英語の第一人者で、外交官として生活の大半を海外で送った。母親の煕子(ひろこ)は満洲育ちでロシア語、中国語、英語が堪能、上海ではドイツの秘密情報部のエージェントとして働いていた。寅雄は戦後しばらくシベリアに抑留されていたが上海で煕子と巡り合い、彼女の妊娠中に日本に強制送還され、1947年、第二次世界大戦後の混沌とした東京でふたりのひとり息子として川崎燎は生まれた。音楽、科学、電気、天文学などに興味を持ちながら育った川崎は日本大学で物理学を学びながらジャズギタリストとしての活動をスタートする。

そして1973年にアメリカに渡りニューヨークに住むことになるんだけど、そのころにギルエヴァンズと出会うことになる。いつか村上ラジオで村上春樹がこういう話をしていたので少し引用してみることにする(ラジオ自体は聞いてなくて後日村上春樹のサイトで読んだ)。

『ニューヨークに行ったとき、ケネディ空港からマンハッタンのミッドタウンにあるホテルまでリムジンに乗って行きました。僕は普通リムジンなんて使わないんだけど、そのときは出版社の招待だったので、リムジン・サービス付きだったんです。道路が渋滞していて、暇つぶしに黒人の高齢の運転手と世間話をしていたんですが、「おれ、日本には何度も行ったよ」と言う。「どうして?」と訊くと、彼はジャズ・ギタリストで、いろんなバンドに入って来日公演をしていたんだそうです。

「ギル・エヴァンズのバンドでも行ったし、ロバータ・フラックのバンドでも、グレゴリー・ハインズのバンドでも行ったなあ」「ギル・エヴァンズ楽団で来日したっていうと、川崎燎がギターを弾いてた頃?」「ああ、そうだよ。リョウと2人で一緒にギター弾いてた。それからミネっていうサックス奏者がいたね」「峰厚介?」「うん、そうそう」……そんな話になって、盛り上がりました。

彼はキース・ラビングといいまして、ロバータ・フラックの「Feel Like Makin' Love」でも、バックでギターを弾いてます。今でも息子たちとバンドを組んで現役で活動しているけど、ミュージシャンだけでは食えないので、アルバイトでこうしてリムジンの運転手をやっているということでした。』

僕はこれを見て、そうか、アメリカの有名なプロミュージシャンでもアルバイトをしないといけないのか、と思いながらこのギルエヴァンズのレコードの裏側を見たら確かにRyo KawasakiとKeath Lovingというクレジットが書かれていた。

ずいぶん昔に間違って買ったレコードだけど、今にしてみれば買って良かったなと思う(実際音もかっこいい)。しかし川崎燎のライブにはずっといつか行ってみたいと思っていたんだけど、昨日(2020/4/14)エストニアで73歳の若さで亡くなったそうです。人生間違ってもいいけど、思ったことを思ったときにやらないとあとで後悔するかもしれないな、なんてことを思いながら間違って買ったギルエヴァンズのLPをいま聴いているところです。RIP。


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