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実例:コミュニティで「人が傷つく」とき

以前のアウトプット「コミュニティで『人が動く』とき」について、SNS上や直接の会話を通じて反響がありました。

このアウトプットでは、自身がコミュニティ運営を手掛けた際に受けた「批判」や「好ましく思われなかった行動」の例をもとに、誰かに何かをお願いする際の気構えについて「主催(宰)者の立場」で考えました。今回は、自身がコミュニティに参加した際に傷ついた例をもとに「参加者の立場」に立って主催(宰)者が留意すべきことを考えてみます。

コミュニティイベント編

1. 懇親会で塩対応(「お呼びでない」)

業界の実力者が独立し、新規コミュニティを立ち上げたのでその初回に参加しました。内容も自身の興味に沿ったもので、あっという間に本編も終わり近場の懇親会場へ移動しました。そこで彼に声がけをしたところ「失礼していですか」とあからさまな嫌悪感を示されました。応援の心をもって参加したその張本人に「塩対応」されたことに傷つきました。彼の独立ビジネスの「客」にはならないので、「招かれざる客」だと思われたのでしょう。のちに彼は共通の知人に「マイクロアグレッション」であると指摘されており、無意識にそのような露骨な態度を取る人間だということがわかりました。

つまり「あなたは私の客ではない」という隠れたメッセージを、懇親会の場での邪険な扱いで表したのです。今でも思い出すと、嫌な気持ちになります。誰でも参加できるコミュニティイベントでは、一定割合で「本来意図しなかった客」の来場もありますが相手の心に傷を残すような言動は慎むべきでしょう。

2. 恣意的な登壇者選び(有名・大企業ばかり)

あるコミュニティの運営を手伝っていたとき、自身もかなりアウトプット(自分自身もコミュニティを立ち上げたり、勉強会の主催や会社に呼ばれての登壇機会など)していたにもかからず、主宰者の判断だけで登壇者が決まってしまい傷つきました。対象者が「名の通った」有名・大企業に所属していること、女性であることなどの露骨な選び方であり、自身が単なる「駒」であるような気持ちになり傷つきました。結局は彼を利するために誰かが消耗する構図には、嫌気がさしました。運営するコミュニティのブランディングを意識することも大切ですが、まるでブランド品を身にまとって人を見下している人のように感じました。

3. 他人の提案は聞かない(独裁)

あるコミュニティの運営を手伝っていたとき、同じテーマを扱うなかでも属性が違う人のための別バージョンを始めることにしました。その際に、様々な認知拡大のための施策提案を行いましたが結局は「彼の一存で全ては決まる」状態。そして誰もがその「独裁」に意見することはない状態でした。これもまた単なる「駒」づかい気分を味わうことになり、傷つきました。その「独裁」ぶりに、彼のもとを離れる運営者が後を絶ちませんでした。運営を手伝っている人間にも「人権」は欲しいものです。

4. 名刺交換で「警ら」巡回(警戒)

懇親会で名刺交換をした瞬間、地元のヌシに営業活動と思われて傷つきました。ある土地で、新しいIT技術について学ぶコミュニティイベントが初開催されました。その土地は自分の生まれ育った場所ではありませんでしたが、その土地が地元の知人と一緒に参加しました。本編イベントが終わり懇親会が終わりそうになったとき、何の疑いもなく同じ島(テーブル)の人と名刺交換をしていると彼は「飛んで」やってきました。こちらが自社の営業活動を彼がヌシの地元でしているように見えたのでしょう。彼は会話の流れに参加することもなく、ひたすら何かを警戒しているようでした。とても違和感を感じ「ここは俺の土地だ」という「警ら」巡回には、傷つきました。のちにその人はあまりに「ヌシ」ったことによりそのコミュニティを崩壊させたことを知りました。

オンライン(Slack・Discord等)編

1. リアクションが自分だけ少ない

「〇〇な人なら誰でも入会歓迎です!」と表記があったオンラインコミュニティなのに、その分野での経験がなく初心者だった(いわゆるアウェイ)ため自分だけリアクションが少なくて、傷つきました。誰だって、知り合いのいないアウェイな場所に飛び込むのには勇気が要ります。オンライン・オフライン(イベント)を問わず「勇気を出して来た(参加した)」人を包摂する工夫(例えば懇親会で運営スタッフが率先して話しかけるなど)があると良いでしょう。

2.運営スタッフなのに次回イベントが勝手に決定

メンバーからも運営者として認識され、運営チャンネルにも入っている筈なのに、次回のイベントが自分の預かり知らないところで決まり、公開され、傷つきました。自分自身もよくあることですが、様々なコミュニティに関与し精力的に動いているとき「見えていない存在」への意識を忘れてしまいがちです。特に誰かに何らかの相談をしたあとに、相手のほうがよく覚えていたりするので注意が必要です。相手にとっては「心の負担」のホールドが長期間ある状態なので、常に自分がどの人に何を巻き込んでいるのか(それは完了している状態なのか)を意識したいところです。ひとことで良いので「結果はこうなりました、あの時はありがとうございました」とメッセージを入れると後の関係性がスムーズでしょう。

3.上司が顧客に自分のリファレンスチェック

上司が自分の知らないところでオンラインコミュニティのDMで顧客に自分のリファレンスチェックを行っていたことを知り、傷つきました。部下は上司が守るものと考えていたため、顧客の主張に対して部下の言い分も聞かずに「悪者」にされたことを知り、傷つきました。コミュニティでは運営方針や各論の部分において絶対的な「正義」はありません。ただひとつあるとすれば、それが双方にとってシナジーのあるものか、発展に寄与するものなのかという「双方の幸せ」の追求です。数値的な成果に落とし込んだ瞬間、コミュニティ担当者は追い立てられ、顧客はそれを如実に感じ取り「誰も幸せにならない」状態となります。上司はコミュニティを任せた部下に絶対的な信頼を寄せ、大局観に立って見守る姿勢を持つべきでしょう。

4.主宰者が特定の人だけご贔屓

コミュニティの主宰者が、特定の人だけご贔屓にするので傷つきました。主宰者のコミュニティへの露骨なビジネスの動機を感じ取ってしまい、嫌気がさしました。その主宰者はコミュニティ参加者を「狩り場」だと考えており、SNSのフォローや参加者の発言への返信・リアクションにも態度が異なっていました。コミュニティに「おカネの匂い」はやはりそぐわない、と再認識しました。コミュニティはお互いの立場を超えて、誰もが同じ場所に立って自由に表現できる場であって欲しいと改めて思いました。

まとめ

人の気持ちというものは繊細で、傷つきやすいものです。ましてやコミュニティイベントやオンラインコミュニティという「知らない人だらけ」の場に飛び込むなど、怖さしかないのではないでしょうか。街でお店の人の何気ない言葉にも、人は何かを感じ取ってしまう。「この人、嫌そうに仕事しているな」など。なかには全く感じないという人もいるので、コミュニティ運営・主催(宰)者として留意すべきは「そうでない人」を意識することだと考えています。

誰もが「陽キャ」なわけでは無い
誰もが「酒」に強いわけでは無い
誰もが「初対面で話せる」わけではない
誰もが「登壇者になりたい」わけでは無い
誰もが「運営者になりたい」わけでは無い
誰もが「いいね!」をできるわけではない
誰もが「自分と同じ」動きができるわけではない
誰もが「ビジネス」でつながりたいわけではない

明日も誰かとコミュニケーションをとるとき、相手のことを考えられる自分でありたいと願っています。コミュニティは「相手」あっての存在であることを忘れずに。

お読みいただき、ありがとうございました。コメントやDM(X)などぜひお持ちしています。

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