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あの青信号に間に合うかどうか、分からなくても走れ

通勤中のいつもの道、僕の前を歩いていた女性が突然走り始めた。少し先にある交差点の信号が青になったからだ。

この信号は変わるのが早い。今から走ってもギリギリ間に合わないだろう。僕は歩き続けた。

彼女は全力でかけていく。交差点まで30m。青信号はまだ点滅しない。

もうすぐ点滅して、変わってしまうからやっぱり間に合わないだろうな。
ポケットに手を入れて歩きながら、僕はその様子を眺める。

交差点ま

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はじめての記憶

部屋には眩しい日差しが差し込み、白いカーテンが風になびいている。カーペットの上にペタンと座り、丸テーブルに置かれた赤いテレビを見あげていた。ブラウン管の中では赤と緑の二体の着ぐるみがユーモラスに動きながら何やらこちらに語りかけている。その意味は理解できないが、とても楽しげで目を離せない。母は後ろでソファに腰掛けて、なにか手作業をしている。編み物だろうか。暖かな視線を背中に感じる。

番組が終わ

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思い出の味

店内は奥に細長く、両サイドの棚には茶葉の入ったガラス製の丸い透明な筒がズラリと並んでいる。茶の名前と価格を横目で見ながら10歩ほど進むとカウンターがあり、試飲スペースになっていた。

同行していた男に促されて席に腰をおろすと、彼はカウンターの女性に何やら中国語で話しかけた。すると彼女は後ろのケースから茶葉の入った金色の袋を恭しく取り出し、おもむろにそのお茶を淹れはじめた。袋には赤い筆文字で大きく「

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