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真摯さについて

ピーター・ドラッカーに一度だけ会ったことがあります。

1997年頃だと思いますが、当時ドラッカーは、自分が通っていた大学(米国カリフォルニア州Claremont Colleges)のビジネススクールで教鞭を執っていました。自分は学部生でしたが、とある大学内のイベントで彼の講演を聞き、その後彼のすぐ横のテーブルでディナーを取る幸運に恵まれました。

ドイツ語訛りのきつい非常に聞き取りにくい英語で、正直何を言っているかよく分からない。かつ自分は20歳をちょっと過ぎたくらいのクソガキで、ドラッカーが何者かも十分に理解していなかったので、「度の強いメガネをかけた、汚い食べ方をするおじいさんだなあ」という印象しかなく、彼の言葉の凄みを全く理解できていませんでした。

(ちなみに同種のイベントで、大学の大先輩であるヘンリー・クラビス(KKR創業者)に会った時の印象はドラッカーとは正反対でした。クラビスは眼光が異常にするどく、顎はもっとするどい(?)独特の風貌。理路整然と早口で持論をまくしたて、頭の回転の圧倒的な速さが誰の目にも明らかな人でした。自分が投資銀行業界に入ったきっかけになった人でもありますが、それはまた別途。)

冴えないおじいさんだったドラッカーが言っていたことで、特に印象に残ったのが ”character”, ”compassion”, そして”integrity”の3つの言葉でした。

その時は特に気にも留めず終わってしまったのですが、大人になって彼の著作を何冊も読むようになり、また自分自身、シャレにならないような地獄を何度も見て、彼の言わんとすることがはっきり分かりました。


「真摯さ(=integrity)は習得できない。仕事についたときにもっていなければ、あとで身につけることはできない。真摯さはごまかしがきかない。一緒に働けば、特に部下にはその者が真摯であるかどうかは数週間でわかる。部下たちは、無能、無知、頼りなさ、不作法などほとんどのことは許す。しかし真摯さの欠如だけは許さない。そして、そのような者を選ぶマネジメントを許さない。」

「「何が正しいか」よりも「誰が正しいか」に関心をもつ者を昇進させてはならない。仕事の要求よりも人を問題にすることは堕落である。そしていっそう堕落を招く。「誰が正しいか」を問題にするならば、部下は・・・保身に走る。さらには間違いを犯したとき、対策を講ずるのではなく、隠そうとする。」

「真摯さに欠ける者は、いかに知識があり、才気があり、仕事ができようとも、組織を腐敗させる。企業にとって最も価値ある資産たる人材を台無しにする。組織の文化を破壊する。業績を低下させる。このことは、特にトップ マネジメントについていえる。組織の文化はトップから形成されていくからである。・・・組織の文化が腐るのはトップが腐るからである。」

   P F ドラッカー. ドラッカー名著集2 現代の経営[上]


数年前この文章を久しぶりに読んだ時、雷に打たれたような衝撃を受けました。

それまでにも、何度もこの本は(大学時代も含め)読んでいたはずなのに、その意味するところが実体験としては理解できていなかったと。ドラッカーの透徹した眼差しと、淡々とした言葉の裏にある凄みを、全然理解していませんでした。

その頃。

とある会社で、トップ自らが出入りの業者からキックバックをもらったり、特別背任に手を染めるような絶望的な状況に直面していました。そのせいで多くの人が苦しみ、退職に追い込まれ、必死に助けを求めてきている。それまで懸命に抑えてきた怒りがついに爆発し、「このような人間がトップにいるのは誤りであり、不正義である。絶対にクビをとる!」と戦いを挑み、多くの犠牲を払ってようやく追放することができました。

その戦いを経たすぐ後にこちらの本を再読し、初めてドラッカーの言わんとする「真摯さ」の意味が、すとんと理解できました。

多少成果は出すにせよ私利私欲に走るトップを連れてきてしまうことで、「この組織は、真摯さの欠如を許容(あるいは奨励)するのだ!」とのメッセージを発し、真摯な人材を追い出し、組織を腐敗させてきたこと。

「何が正しいか」ではなく「誰が正しいか」に関心を持つ者により、隠蔽が図られてきたこと。あるいは、今に至るまで事実が開示できず、その闇に落ちていく人間が絶えないこと。

何より、トップに真摯さがないと、会社の通常の仕組みやプロセスの中では正義を回復できず、回復のためには血みどろの戦いが避けられないこと。

そして、その過程で、会社が大きく傷ついてしまうこと。

(Uber創業者のトラビス・カラニックを思い出してもらえると、よく分かると思います。)

経験として理解しながらも明確に言語化できていなかったことを、ドラッカーはいとも簡単に、流麗な言葉でまとめていました。その事実に衝撃を受けると共に、あのじいさんはやはり只者ではなかったんだと、しみじみ思いました。

トップに真摯さがない会社は、腐り、その回復には甚大な痛みが伴う。

真摯さはごまかしがきかず、最初からもっていなければ最後までもち得ない。

大きな代償を支払いましたが、揺るぎない信念として、心に刻まれています。

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