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【妖怪百科】 あか舐め/垢舐め

 あか舐めとは風呂場に溜まった垢を舐める妖怪である。あかねぶりとも言う。個人的にはねぶりの方が好きだが、舐めの方が人気を博しているのもわからないでもない。女性の姿をしたあか舐めも存在し、風呂に入っている者の血肉も舐り尽くすと言うから穏やかではない。

 さて垢に含まれる成分を見てみよう。垢を剥がれた角質であるとした場合、主に水分、タンパク質、脂質、少量のカルシウムといったところか。炭水化物、糖質が含まれないことから痩せ型で筋肉質、ビタミンがないことからかなり顔色は悪そうだ。脚気、壊血病、夜盲症、骨軟化症など多くの病を患っていそうだが、それでも元気に毎日垢を舐めにくることを考えると、さすが妖怪たる所以だろう。
 そもそも妖怪に養分は必要なのだろうか。仮に養分が必要ではない場合、味なのか、香りなのか、食感なのか、何がいいのかはわからないが、何かしら垢には垢なめを魅了してやまない要素があるのだろう。
 私は食べることが好きだが、必ずしも養分を取るためだけに食べているわけではない。1日分の栄養と、カロリーを5分で取れる完全食といったものよりも、さほど栄養はなくとも舌に好ましいものを時間をかけて摂取する方が楽しい。台所に行けばより栄養素の高い残飯なり、クズ野菜なり手に入る機会はあるだろうに、足繁く風呂場に通い垢を味わうあか舐めも、そういった心境なのだろうか。

 スマートで洗練された人物を垢抜けた人と表現することがある。対義語の発想で考えると、野暮ったい人は垢が抜けていない人となる。そうなると、野暮ったい人があか舐めにベロベロやられて、スッキリすれば洗練された人物になれるとも考えられる。そういったわけで、運動部の高校生が引退後、みごとな大学デビューを果たすため、あか舐めを探し、深夜の銭湯を徘徊するわけも納得いただけよう。しかし、あか舐めにしてみれば、思春期のティーンに溜まった垢が決して美味い訳ではなく、「木製の風呂のあの水垢とか、木の腐ったヤツの混ざり合った垢が舐めてえなぁ」などとため息を漏らす所存。需要と供給は少しのズレで、成立し得ないのである。あか舐めを逃した、野暮ったい男は違う感じの風呂屋にデビューし、血肉までねぶられてしまったなどという怪談は巷でよく聞く話となる。

 と、くだらない話を続けてみたが、まあ江戸妖怪によくある話でもあるが、あか舐めも御多分に洩れずユニークで、ユーモラスな存在だ。人の煩悩を象徴する垢を洗わずに置いておくことに対する、説教めいた解釈もあるようだが果たして誕生時にそういった意味合いは込められていたのかどうか。
 最近ではどこもリニューアルされていて、古びた木製で、あまり掃除も行き届いていない風呂なんかを、古い宿でも見る機会はなくなった。とはいえ、24時間営業のスーパー銭湯などに深夜足を運んだりすると、何となくぬめっとしていて嫌な感じの床に出会ったりする。近年では自宅の風呂の排水溝の掃除を嫌がる人も増えていると聞く。自宅であってもあの排水溝の髪の毛にへばりついた水垢のぬめっとした感じは気持ちが悪いらしく、共感される方もいるだろう。あの、本能的な不快感が、凝縮し、不快の根源であるヌメヌメをペロペロしてしまう、嫌悪の塊のような妖怪としてあか舐めは生まれたのだろう。気持ち悪いものをよりによって長い舌でペロペロとやるのが好きな妖怪。考えただけでも吐き気を催す不快を感じるはずなのだが、なぜか可愛いといって愛されている。私の動画の再生数から見るに、かなり愛されている。私たちの「可愛い」と言う感覚は、あか舐めの生態の奇妙さに匹敵するほど、奇妙なものだ。

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