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【妖怪百科】夜行さん

 夜行さんという妖怪がいる。忌み日ー冬至、夏至、彼岸、節分、朔日(月の初め)、望(満月)、晦日(みそか)ーの夜、首の切れた馬に乗り徘徊する髭面の鬼で、遭遇すると馬に蹴られ命を落とす。草履を頭に乗せ地面に平伏すれば、夜行さんはやがて過ぎ去るらしい。
 首無しの馬単体で夜行さんという地域もあるが、共通点は忌み日の夜に現れるという点だろう。夜行さん系の伝承は多くあるようだが源流は不明となっている。
 私が注目したい点としては、この「さん」で終わる妖怪の名称についてである。やぎょうさんの他に、べとべとさんや、近代から現代の妖怪コックリさん、トイレの花子さんなどがあげられる。「さん」とは敬称であり接続語に分類されるであろう。よって、本来であればその妖怪と自分との関係性によって選択され使用されるものである。たとえば、ろくろ首が自分の上司であれば、「ろくろ首さん」小豆洗いが自分の後輩であれば、「小豆洗い君」といった具合に、固有名詞として固定されるべきものではない。しかしながら、「さん」系の妖怪においてはそれが固有名詞として名称に含まれている。「夜行」では駄目だし、「べとべと君」では都合が悪い。では「さん」を含めた固有名詞であるとすれば「夜行さん君」「べとべとさんちゃん」などが成立しなくてはならないが、それは機能しているとは思えない。彼らは必ず「夜行さん」であり「べとべとさん」でなくてはならないのだ。そしてこの「さん」系の妖怪に共通点があるかというと、あるようには思えない。
 唯一考えうる共通点としては、「さん」系の妖怪のさんを抜いた場合、その言葉だけで成立し、一般的な語句との区別ができなくなるという説は考えられる。だが、さとりや木霊などその語句だけで言葉として成立するが、「さん」がついていない妖怪の存在がその説を否定する根拠となる。
 結論としては論理的な理由は見つからないのだが、夜行さんにおいて、この「さん」は独特の情緒を表しているように思える。恐れ、畏怖からの「さん」とも考えられるし、意外に身近なご近所さんのような意味合いでの「さん」だったのかもしれない。
 夜行さんは己に課せられた、忌み日の夜に出歩いている者を罰するという業務を言葉も発せず、集中しひたすらに遂行するイメージがある。そのような姿を描けたらとムービーを作成した。是非ご覧ください。


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