伊豆天城山でハイキング-18
前菜がなくなった頃合いを見て運ばれてきたのはパスタ。
「おいしい」
声を上げたのはたぁだ。
目を見開いてこっちを見るほどのお味とは一体どんなものかしら。
パスタはほんのりと赤みを帯びているけどこれといった食材が入っているわけではない。
少量をフォークに巻き付け、口へと運ぶ。
うん、あっさしているのに深い味がある。
「それはドライトマトとアンチョビのパスタです」
へぇ~、その存在がなくともソースにしっかりと味が付いているなんて、シェフの腕だわ。
「ライスかパンをお持ちしますが、どちらがよろしいですか」
「ライスを」
「パンをお願いします」
「私もパンで」
「僕も」
「えっ」
れん以外は全員パンを選んだ。
「夜にご飯をいただくと、お腹が膨らんで眠りづらくなる」は私とたぁの考え。気軽なイタリアン、みんな好きな主食と一緒にいただきましょう。
4人で飲めば(半分以上は私とたぁだけど)ワイン一本すぐになくなる。
よしっ、責任はとった。
375mlは確かシャルドネだった。
「シャルドネをお願いします」
私とたぁのグラスにキンキンに冷えたそれが注がれる。
一口飲んで味を確かめる。
辛みのあるさっぱりとしたフルーティ感と共に深い香りが口いっぱいに広がった。
たぁと顔を見合わせて、互いに頷く。
「うんっ、これだね」
興味を示すれんのグラスにも少量注ぐ。
「こっちのほうが・・・・・・」
それだけ言って、口を閉じた。
好みの味が私たちとは違うんだね。
魚のムニエルと一緒に運ばれてきたパンは焼きたてでそれだけで食べてもとっても美味しい。
なんでも味わいたいれんはみんなからパンを譲ってもらい、結果、誰よりも一番パンを食べていた。
その後に提供されたポークステーキは写真を撮るのを忘れてしまうほどおいしかった。
ららのボーイフレンドの話題になった。
彼女は中学生の頃に彼と付き合い「友達の枠が超えられない」という理由で数が月で別れたけど、大学生になってしばらくしてから再び付き合っていた。
私とたぁは若い頃、それはそれは異性に興味があり、互いに盛んな青春時代を過ごしたけどささ家族は違う。その象徴と言えるのが初めて付き合った人と結婚したささだろう。ららは好きな人からふられたことがなく、今でもずっと仲良し夫婦でいられる母が羨ましいらしい。
ささが私に言ってきた。
「心配なの。最近ららが彼と会う時、いつも他の誰かが一緒なんだよ」
私たちの母親は干渉大魔神だったから、バレない限り、バレたとしても自分から紹介したり、話にあげたり、まさか相談なんてしたことはない。この家族は本当に仲が良い。
「それはたまたまだよ」
ららは大したことがないと言わんばかりに返してくる。
「実は私も心配だったんよ。連休となれば普通なら彼とどっかに行きたいだろうに、いつも家族と旅行してるし、今日も来てくれたし。嬉しいけど」
「向こうも野球とかやりことやっているからいいんだよ」
「でもそうやっていつも他の人とばっかり遊んでいたら心配にならないの?」
「彼にはトラウマがあるから大丈夫だよ」
はっ?
何それ。
相手の心に負った傷に頼るの?
「トラウマだって二十年もすれば取れるよ」
「そんなこと言ったら、今の若い人たちは誰も恋愛できないよ」
なんだそれ。
十人十色、若い人だってたくさんのタイプが存在しているんだよ。少なくとも私の若い頃は弾けまくっていたよ。
「ねぇ、若者代表みたいに言わないで」
お酒が入ってつい本音が出ちゃった。
ららは中学校から必死に勉強して、一流(と言われるような)大学に合格した。そのせいか、「私はみんなよりも経験豊富」という口調で自慢げに話すことが多いのがずっと気になっていて、海岸沿いをドライブしている時に言った。
「若い時こそ『無知の知』という言葉の意味をちゃんと理解しておいたほうがいいよ」
「あぁ、それね」
軽く流した返事をしてきたけど、今だよ、それ。
彼女は男女のもつれや夜の遊びなどは全然していない。そっちにばかり精を入れてきた私のようになってほしいというわけではないけど、そこからたくさんの経験を得たのは確かだ。
いろんな人がいるんだよ、世界には。
そしていろんな考えがあって、それぞれ行動しているんだよ。
私の咄嗟の言葉でららが押し黙ってしまったのでかわいい姪っ子を傷つけてしまったかと後悔してすぐに誤り、寝ている時も気になって翌朝もう一度誤った。だけど私の意見が間違っているとは思っていない。
その後、話はまた別の話題へと振られ、おいしいデザートを頂き、レストランを後にした。
この旅が終わった数週間後、ささから連絡が来た。
「らら、やっぱり振られちゃった」
二人の関係を心配した親の読みは正しかった。
主な登場人物:
私-のん、夫-たぁ、
姉-ささ、姉の夫-れん
姪っ子-らら、甥っ子-ぼう
これまでのお話
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