見出し画像

令和4年「別班」騒動

最近流行りのテレビドラマ「VIVANT」(私は未視聴ですが)で、陸上自衛隊陸上幕僚監部運用支援・情報部所属とされる秘密対外諜報機関「別班」が世間的に話題になっているそうです。

別班なる組織については、2013年頃にポーランドや韓国などに要員を送って現地で対外情報収集を行っていた機関として日本の新聞でスクープとして報道されたのを覚えており、報道当時は「存在していない」という政府の公式見解によってすぐに話題にならなくなったのを覚えています。

一方で、下記リンクの記事では防衛省幹部への聞き取りの結果、昨今の「別班」ブームに対して、同省が非常に困惑している様子も伺えます。

「確かに、別班というスパイ機関が存在するかのような記事もよく目にするようになった。ただ、自衛隊の情報関係機関が、防諜(カウンターインテリジェンス)ではなく、諜報(スパイ)活動をしているかのように描かれているのに困惑している。別班は陸上自衛隊の組織ということなのに、海空などにも数多くの問い合わせが来ているのが実情で、防衛省内部では『もはや営業妨害だ』という声も出ているくらいだ。しかも、自衛隊の中からも別班に入りたいというようなことを言い出す隊員も出てきている。できれば『別班』とせずに、ほかの名前にしてほしかった」

私の専門は戦間期の諜報史なので、現代のそれについては他に詳しい先生方が山ほどいらっしゃいますが、防衛省の限られた予算(今年度から大幅増額にはなりそうですが)の範疇で、まとまった対外諜報機関を運営する事はまず以て不可能という感じがします。

表の存在である海外駐在の防衛駐在官も長い間、戦前の陸海軍による二重外交の歴史の再現を嫌った外務省によって「在外公館の一等書記官」待遇に抑えられており、また独自の暗号使用を禁じられ、防衛省とのやり取りは全て外務省経由で行う事が義務付けられてきました。

一等書記官待遇の限られた予算では、現地人エージェントを用いた非合法なHUMINT(人的情報収集)によるスパイ行為はもちろんの事、海外で一般的な情報収集を行う事すら満足に出来ず、昭和の昔から不平不満が出ていたそうです。

実際、記事内でも、防衛省内に独自の予算を持つ、国内での対外情報収集を主任務とする部署があるような表現になっているのですが、こちらについてもいわゆる「公安警察」(警察庁警備局や各都道府県公安部)や公安調査庁などと役割が被っている事から、防衛省への出向者も大勢いる警察側から反発が出るのは避けられないと考えられます。

何らかの非公開協定によって同組織の国内・対外活動について、警察庁や外務省によって、防衛省が「かなり限定的な」対外活動や国内での対外情報収集について認められた可能性はありますが、その交換条件は恐らく収集情報の共有であったはずです。

一番恐れるべきは「別班」という名前だけが独り歩きし、さも大きな国際的陰謀に本質的に関わるレベルの巨大組織があるかのような印象を世間に植え付ける事では無いでしょうか。

それはまさに、ロシア帝国の秘密警察(オフラーナ)の厳しい監視下に置かれ、活動内容がほぼ漏洩していたにも関わらず、本人談では「大成功だった」とされる日露戦争期の明石工作を現代人が賞賛するような事にはならないでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?