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Garry Winogrand写真集:Winogrand Color

2024年、最初に手元に届いた写真集は、2023年10月に発売したゲイリー・ウィノグランド初のカラー写真集「Winogrand Color」だった。

上:Winogrand Color、中:Winogrand 1964、下:Figments from the Real World


新刊「Winogrand Color」紹介の前に、まずは下に置いた手元にある2冊のお気に入り写真集を紹介。
 

Winogrand 1964(2002)

Winogrand 1964
Arena Editions, first edition, hardcover, 2002

ロバート・フランクのThe Americans  同様にグッゲンハイムのフェローシップを得て、「我々は何者なのか」を見るためにモノクロフィルムとカラーフィルムを詰めた2台のライカと、300mmレンズを付けたカラーフィルム入りの仕事用ニコン一眼レフカメラを愛車フォードに積んで、1964年の4ヶ月を使ってアメリカの14州をオンザロード。
それらで撮影した枚数は合わせて2万枚。そこからプリントした1,000枚ほどの中から選ばれた写真が、1966年にジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館で開催された「Toward a Social Landscape」(社会的風景に向って)展や、翌1967年にMoMA ニューヨーク近代美術館で開催されたアーバス、フリードランダー、ウィノグランドの3名を紹介した展覧会「New Documents」などで展示された。

しかし、The Americansと違ってウィノグランドのこのプロジェクトは結局単独で出版されることなく、1983年に彼は56才の若さで癌で亡くなってしまう。このオンザロードがまとまった形で日の目を見たのは、ニューヨークのICP 国際写真センターで2002年に開催された「Winogrand 1964」展。
ここで展示された190枚ほどの写真からさらに絞った150枚がこの図録に収録されている。有名なあの写真もこの写真も全てこの4ヵ月の中で撮られたものだったのか…とそれらをその時代の流れの中でまとめて見れたときの衝撃ったらなかった。そしてカバー写真になっているニューメキシコ州にあるホワイトサンズ国立公園でのぶっ飛ぶほど壮大なカラー写真なんかがとうとう手元に届いてじっくり見れたときの感動。ニヤニヤ半笑いで唸りっぱなしだったのを覚えてる。この同じ場所をレイモン・ドゥパルドンが1982年にモノクロで撮ってるから、このカラー写真と見比べるのも面白いかも。

 

「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より
「Winogrand 1964」より

大満足な内容で常に手元に置きたい一冊だけど、それでもここにあるのは撮影された2万枚のうちのわずか150枚。フランクがオンザロードで撮ったコンタクトシートは全て見ることができたから、ウィノグランドのこれもいつかきちんと全部見てみたい。どうか、お願いします。

この本は、2002年に発売したハードカバー版のみ。ソフトカバー版もなく一度も増刷・再版されていない。これ以降いくつかの回顧展図録に未発表カラー写真が数点収録されたこともあったけど、今回のカラー集が出るまではこれが彼のカラー写真をまとめて見られる唯一の本だっただけにここ数年は5〜10万とかなり高額取引されていた1冊。

以前、この本を紹介したときに「自分がこれを手にしたときは1万円前半だったのになぁ」なんて話をしたら、ウィノグランド、フリードランダーとともに当時のストリートを撮り合ってたDon Hudsonから「俺は当時わずか数十ドルで買った記憶があるけどいつの間にかどっか行っちゃってたよ。もう高くて買えないなぁ」だって。いやぁ、流石の“ドン”・ドン。あの時代を生きて撮ってた先輩には敵わない。ドンの写真が気に入ったら写真集「From The Archives」がオススメです。700部限定だったかな、自分は彼から手に入れけど今はもう見つからないかも。ただしここに車内から撮ったウィノグランドの1枚をあえて収録しなかったのは残念なところ。

  

撮影枚数

ロバート・フランクは1955年から1956年の9ヵ月のオンザロードでモノクロフィルム767本、27,000枚を撮影し、うち83枚が「The Americans」に収録。ウィノグランドは1964年の4ヵ月間で20,000枚を撮影し、うち150枚が「Winogrand 1964」に収録されている。

ということは…

フランク:27,000枚 ÷ (30日 x 9ヵ月)
 = 1日当たり100枚撮影!

ウィノグランド:20,000枚 ÷ (30日 x 4ヵ月)
 = 1日当たり166.6枚!!!

いやいや、凄い。
そうだ、ついでに自分のも計算してみよう。

15年ほど前の台風シーズン、逗子から西浜まで毎日状況に合わせて移動しながら7日間6時間連チャンで波乗り。「これでもう帰ろう」と最後の一本に乗ろうとしたところで「ゥパーーーン!」という異音とともにアキレス腱を断裂…。それから数年に一度やってくる後遺症のアキレス腱滑液包炎が去年の後半に再発して、全く足が付けないほどの腫れと痛みでその後4ヵ月は松葉杖での生活に。辛かった、痛かった。

今現在も、グッゲンハイムもユーハイムもどこからも支援ないまま仕事現場には30分165円のレンタルサイクル料を往復払って、引き続きひとり痛みのオンザロード中。こんな時に「へい、タクシー」と言えるくらいの男になりたい、なんて思うこともあるけど、いや、なりたくない。自分はこんな感じでいい。

さぁ、計算計算。卒業式、七五三、成人式前撮り、商業ポートレイトなどの依頼仕事を除くと、2023年に撮影したのはトータル13本。フィルムはこの10年Portra 400のみ。年始・年末それぞれのロールには前年・翌年撮影分が含まれてるから12本って感じかな。実際に2023年内に撮影した枚数を数えてみると…

472枚(ゼロコマ  含む)÷ 365日
 = 1日当たり1.29枚!

いやぁ、肉体的にも精神的にもかなり辛かったから、その辛さを数値化して同情してもらおう…という魂胆でここまで書いてたのに、計算上は…

『はい、今日も元気に一日一枚!!』

と、まぁ全然楽しそうな一年に見えるねこれ。

なんだか「それでも生きてんだろ、キープオンザロードだろ馬鹿野郎」って言ってもらえた気分。今この記事を書きながら急に元気が出てきちゃった。

生きてるわ、俺。生きてるぞぉ。まだまだ足は痛いけど。
 

Figments from the Real World(1988)

Figments from the Real World
Museum of Modern Art, first edition, hardcover, 1988

一番下に置いた「Figments from the Real World」は、1988年にMoMA ニューヨーク近代美術館で開催されたウィノグランド大回顧展の図録写真集。彼が生前に残したシリーズ「The Animals」「Women are Beautiful」「Public Relations」などがそれぞれ十分な点数で順に紹介されているで、カラー写真は含まれてないけど彼の活動を網羅したモノグラフとしてはこの1冊はかなりオススメ。

「Figments from the Real World」より
「Figments from the Real World」より
未発表だったこのシーンのカラー写真が「Winogrand Color」に収録されている。
「Figments from the Real World」より
「Figments from the Real World」より
「Figments from the Real World」より

これは1988年の初版ハードカバー。他には同年のソフトカバー版、1991年にハードカバー、ソフトカバー共に再版され、そして収録内容は変わらず記載したテキストのみ一部修正された改訂版がハードカバー版のみで2002年に再版されている。

とにかくウィノグランドの写真をたっぷり一日中堪能したい、と思うならこの写真集か、2013年にSFMOMA サンフランシスコ近代美術館で開催された「Garry Winogrand」展図録がオススメ。

自分は本棚スペース確保のために、収録枚数が少ない方のFigments..をキープして、極厚なSFMOMA版を本棚整理で泣く泣く手放した。いづれまたコレクションしたいところ。木村伊兵衛、エグルストン、ウィノグランドは何冊あっても良いんです。
 

撮影総数

モノクロフィルムに加え50年代の初めからはカラーのコダクロームも使い始めたウィノグランド。彼が撮影したカラー写真の総数は確認できたものだけでも45,000枚以上あるらしい。これを聞いただけでも驚いたのに、彼が56年の生涯の中で撮影したフィルムの総数は驚愕の100万枚以上だと言われてるんだから、もう完全にあっちかこっちかとにかく次元の違う人。

長生きした写真家がそれだけ多くの写真を残した、というのは理解ができる。でもウィノグランドは56才でこの世を去り、それに加えて「今そこに見た感じたもの」の瞬間にシャッターをバンバン切って、撮り終えたロールは机の空いてる引き出しを探してそこにボンボン放り込んでまた次の撮影に…を繰り返してた人で、本人が確認することなく残された撮影済み未現像フィルムはなんと30万枚以上だって。逸話としてよく聞くあの人のあの話とはちょっとレベルが違う。ノーファインダーお構いなしでひたすら淡々と内向的に街を撮った/取ったそれと、好奇心の塊で爆発寸前状態で目の前の他者の日常に飛び込みながら切り続けたウィノグランドのものとは深みが違う。これが社会を見るということだよなぁ、となる。

自分も未現像ロールなんてあったかなと探してみたが、まぁそんなものはなかった。スキャンしてない現像済ネガくらいしかないヒヨっこヒゲっこの自分はそっとカメラを縁側に置いて旅立つしかなさそう。
 

「Garry Winogrand: Color」展

ウィノグランドが残した45,000枚を越えるカラースライドから450枚を選び抜き、その圧倒的な未発表カラー写真の量を来場者もそのまま感じられるようにと、複数のプロジェクター1台に付き80枚ほどに分けて会場の壁にスライドショーとして映し出すという展示方法で、2019年にニューヨークのブルックリン美術館でウィノグランド初のカラー写真展「Winogrand Color」が開催された。

Garry Winogrand Exhibition: Color
© The Brooklyn Museum

これは日本でも観たかった。いやほんと観たかった。こういうキャンディッドスタイルのストリートフォトの展覧会が、日本の大きな美術館で開催されるという事が今の時代になってなおさら実現しないんだろうなと思えてしまう悲しさ。ソールライターみたいに「はい、これはアートです。」とどこぞからお墨付きをいただかないと無理なんだろう。もしくは、広告代理店がそれをアイコン化して持ち上げるのを待つしかない。そうなると観に行かないけど。どこぞの方、ハンコ押してくれよ!

他にも大回顧展が開催されていたジョエル・マイロウィッツ展、アンリ・カルティエ・ブレッソン展、ダイアン・アーバス展も、日本をスルーして他のアジア圏で巡回展を開催。昭和のようなかつてのイケイケドンドンな魅力が今の日本経済にないということが、こういうところからもヒシヒシと感じる悲しさ。でもそれでも、世界と直接繋がることができる我々写真家は、希望を捨てることなく常に日本の魅力を発信していかないといけない。希望はいつも隣に座ってる、というやつです。イケイケドンドンして行きましょ。
 

Winogrand Color(2023)

そして、この2019年の展覧会のあと「とうとう出るぞ、出るぞぉ」と話題が上がってはフェードアウトしていたウィノグランド初のカラー集。その発売日が「確定したぞ」と参加しているコレクティブUPのメンバーから聞いたのが確か1年ほど前。その時からまぁ楽しみが止まらなかった。出るぞぉって自分も言いたかった。

発売1ヶ月前の2023年9月に予約注文がスタート。早速、出版社のTwin Palmsのウェブサイトに行ってみると、定価85ドル、初版7,000部、ニューポートジャズフェスティバルの控え室のチェット・ベイカーがジャケットになったウェブサイト限定版が同額で750部、そして函入り豪華版が250ドルで100部限定だった。

どうせならここは同額で買えるチェットでしょ、とカートに入れて会計に進むと、送料驚きの6,000円が乗っかって総額18,364円に。いやぁ無理。そっとカートを閉じてAmazonジャパンへ移動。9月1日時点の予約販売価格が本家から買うより5,000円も安い送料込み13,702円。「ごめんねチェット」とポチり。そりゃ余裕のある男なら版元から買えたんだけどね。申し訳ない。
 

Winogrand Color
Twin Palms, first edition, hardcover, 2023

海外では11月には到着報告が届いてたけど、実際に鎌倉の縁側に到着したのは予約から4ヶ月後の2024年1月16日。Amazonには「予約商品の価格保証」というのがあって、予約注文時点から発送完了までに表示された「最低販売価格」が「実際の支払い価格」になるようで、最終的になぜかかなり値下げされて送料込み9,828円で購入することができた。

本家では定価12,600円 + 送料6,000円なのに、なぜ在庫セールでもない新刊本がここまで値下げになるのか経済ド音痴の自分には全く理解できず。なにか得した気分になって、その日の昼に入った吉野家でまぁスカし顔で「大盛り」(+55円)って言ったことは内緒にしたかったけど、書いちゃった。
 

「Winogrand Color」より

そしてこの1枚、これが一番観たかった写真。同じ場面をモノクロで撮ったものが「Figments..」などに収録されている。お猿さんだからオリジナルは「The Animals」に収録でしょ?と思うでしょ。入ってないんです。彼はそこにこのカットを選ばなかった。「The Animals」のMoMA展示/出版が1969年。これはその2年前の1967年に撮影していたにもかかわらす。なぜ入れなかったか、そういうことです。はい。ちなみに、この時ウィノグランドの横にいたのは、写真家仲間のトッド・パパジョージ。

 

「Winogrand Color」より

「Wingrand 1964」に収録されていた1枚。相変わらずの初版本信仰、レコードならオリジナル盤信仰が根っこにある自分なので、初めから偏り視点で見てしまうのところはあるんだけど、それでもやっぱり新刊「Winogrand Color」と「Wingrand 1964」のカラーを比較すると、Eggleston's Guideの初版と再版を比較したときと同様に、初版のテカリなく深みのある色味やトーンの魅力には敵わないわ…となる。

上:Winogrand 1964、下:Winogrand Color

この本は未発表写真を見ることが目的だったから他の写真までは比較してないけど、確実に言えるのは「Wingrand 1964」も買ったら相当ハッピーになること間違いないです。エグルストンのLos Alamos、フランクのThe Americans、ショアのAmerican Surfaces好きならなおさら。

ただ、もうとにかくWinogrand Colorの内容は半端ない。撮影から50年以上経った写真をこうやって初見で楽しめる幸せ。収録された150枚のうち20枚ほどはWinogrand 1964や他の図録で見ていたものだったけど、観に行けないカラー展のレビューでシェアされるスライドショーの映像は見ないようにしていたから、ページをめくるたびに初めて目にするカラー写真がドカンドカンと飛び込んでくる。いやぁ、ほんとに凄い。さすが、エグルストンとウィノグランドの写真の量と質はベッカム。こりゃソフトモヒカンよもう一度、となった。

約130枚の未発表写真たち。ヘレン・レヴィットのカラーとしての最終形キャンディッドの極みがここにある。ジョエル・マイロウィッツ、ウィリアム・エグルストンやミッチ・エプスタインが絶対構図で光と影と色を完ぺきにコントロールするそれより手前、その思考手前。目の前の光景から得た感覚を自己意識として変換してしまう前に感情でシャッターを押し切るスーパーピュアなウィノグランドのキャンディッドフォト。これをまた撮らないといけない。表現するためよりも、まず自身のために。街に出たくなる、街を記録し残していきたい、と強く感じることができた一冊だった。

「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
チェット!
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
サッチモ!!
「Winogrand Color」より
「Winogrand Color」より
   

最後にもう一つオススメの点

このあとがきは必読。アメリカの脚本家・映画監督のマイケル・アルメイダが編集したと知ったからこそ購入したと言っても良いほど。彼が以前まとめたエグルストンのFor Nowが、自分の中ではLos Alamosの次に彼のベスト本になったほどだったから。ゆったりとした時間が流れる構成が半端なく心地良い。さすがの映画監督、ということなのかな。そして読み解いていく文章がたまらんのです。さすがの脚本家、ということなのかな。ぜひ読んで。

ウィノグランドは、色に関する理論を発展させたり、それに基づいて写真を撮るようなことはしなかった。我々が見るのと同様に、彼は色彩を世界と彼自身の写真のごく自然な一部として受け入れ、これら優れた写真では、色彩が有機的で無理なく表現されている。

Michael Almereyda, from the Afterword to the Winogrand Color 

どうしても写真家本人が携わってない写真集の場合、「これぞこの人!」と内容を見せつけすぎる構成で肩が凝ったり、「いいでしょ?この装丁!」というのが前面に出すぎて内容が全く入ってこないものもあったりするから、まずは中身を見てから…となるんだけど、それが「マイケル・アルメイダ」を見た瞬間に「はい、買います。」となっちゃう。

また、あとがきの中で、アーバス、フリードランダー、ウィノグランドを紹介した1967年の「ニュードキュメンツ」展の序文が引用されてる。当たり前なんだけど、これがシャーカフスキーの凄さ。彼の仕事を見る/読むたびに「よくぞストリートをここまで拾い上げてくれました」となる。

自分らが今でもこうして普遍的なストリートフォトというものを撮り続けていられるのは、撮り手自身の意志・決意は当たり前のこととして、我々の社会を見つめる目を、こういう俯瞰視点から優しく肯定し続けてくれる読み手がいてくれるからなんです。

彼らに共通するのは、ありふれたものこそ本当に注目に値するという信念。そしてそれを最小限の理論化に抑えてそれを見る勇気があることである。

John Szarkowski, from the Introduction to the New Documents, 1967


撮ること、残すこと、そしてそれを表現することに悩む若い写真家たちとの会話の中で「上げも下げもしないでいいんだよ。」と伝えてるまさにこれが「ここに留まる勇気」の部分です。

その根っこの部分を見てくれている人がきっといてくれるからね。

 


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