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おもてなしという自縛|海外進出プロジェクトあるある

先日、海外で店舗型ビジネスを展開したいという経営者の方から「ヨーロッパやアメリカは接客サービスの質が低すぎるので、これを日本式に向上することで差別化ができるのではないか」と相談を受けました。

これに関して少し思うところがあったので、備忘録として書いておきたいと思います。その方に話した自分の考えをそのまま書き綴っています。

結論から言うと、今回は自分たちが海外で推そうとしているコンセプトが日本の強みなのか日本でのみ通用するものなのか見極めが必要ですね、ということを書いています。

飲食店の例にみる日本という市場

私が日本に帰国した際、最初に感動するのは「顧客に24時間安くて美味しいものをみんなに食べさせるぞ」という気合いです。都市に住んでいると外に出ればコンビニがありますし、飲食店やファミレスも近くにあります。夜中にお腹が空いても何かしら食べるものがありますし、お店も開いています。

一方、私の住んでいるベルギーはじめ、ヨーロッパは従業員に対する社会保障が行き届いている為、企業は高額の社会保障費を払って人を雇わなければいけません。また、労働者の権利が手厚く保護されている為、就労時間外での労働に対して多額の資金を必要とします。これはしばしばアルバイトにも適応されます。

例えば、ヨーロッパに旅行したビジネスマンが「ロンドンに24時間オープンしている牛丼屋さんがあったら流行るのではなかろうか」と考えたとします。しかし実際に事業計画を作っていくと、人件費や不動産など勘案して、夜20時以降の牛丼(並)の値段を決めるとすると、一杯2,000円程度になるのではないでしょうか。

日本で食べる牛丼が安くて早くて美味しく、いつでも食べられるのは他の先進国と比べて日本の労働者の人件費(社会保障含)が安く、また比較的労働者の権利が緩いという日本市場における特異性からそうなっています。

従って、「安くて早くて美味しい牛丼が24時間食べられるお店」は日本の強みではなく日本の労働市場の特性からそうなっている、と言い換えた方が正しそうです。これがそのままどこの国でも通用するわけではありません。こういった事例を「日本の強みである」と勘違いしているケースがたくさんあります。

ある事象を強みとして認識するには、対象マーケットをきちんと研究して相対化しなければなりませんね。

失敗例:日系自動車ディーラー

※本件は私が仕事で自動車産業に携わっていた2015年時点のもので、少々情報が古く状況が変わっていたらすみません。あくまで強みと日本の市場特性を間違えた事例としてお読みください。

某メーカーの車を日本で一番売っているディーラーが、ディーラーごとマレーシアに進出しました。現在の業績はわかりませんが、当時は業績が落ち込んでおり、年間数億円の赤字を出していました。

当該ディーラーは「日本式のサービスで顧客満足度を高めよう」というスローガンで、数十億円を投資して進出しました。

マレーシアの自動車産業というのは少々特殊で、マハティール首相が自動車産業を盛り上げようと国民車の「プロトン」と「プロドゥア」を開発し、公共交通機関よりも道路などの交通網が発達しました。

ディーラーも多く、需要サイドが常に大きいためディーラーの下で働くブローカー達がラストワンマイルまで需要をカバーし、自分たちのマージンの中から正規の価格より安い値段で車を流していました。

ブローカー達に支払うコミッションは「プロモーション費用」としてディストリビューターから各ディーラーに分配され、ブローカーはプロモーション費用内から顧客にバックしたりと商取引上はグレーなことが習慣的に行われていました。ディーラーにとっての肝は、如何に優良なブローカーを抱えるかという点にも依存していました。(注:これは私個人もよくないと思っており、決して賛同する意図で書いているものではありません)

某メーカーは家庭向けエントリーモデルを売りにしていた為、これといって顧客は高級志向でもなく、顧客に一番重視されるのは価格です。なのでどんな接客を受けるかはどうでも良く、身近な人からお得な価格で買えることが一番重要なのです。

顧客体験でいうと、自分の親戚とか身近な人から買う方が、見ず知らずのディーラーの店員に優しくしてもらうより色々と捗ると思います。

本件は前提から間違っていて、海外の顧客も日本人同様丁寧な接客とおもてなし精神を求めているはずだ、という強い仮説のもと海外進出してしまった事例です。実際はそんなもの求めておらず、エントリーモデルに合ったレベル感の接客で十分で、値段のお得感が重要でした。

そして、地域に密着しようにもブローカーの方が地域に密着しているのでディーラー店舗そのものはある種卸業者のような形で機能しており、地域そのものとはやや遠い存在でした。

例えばこれが富裕層向けのレクサス販売店で、オーナーズクラブなどを運営しコミュニティ化するとなればブローカーの出番はありません。高い接客スタンダードが奏功する可能性は高いと思います。しかし、安価なエントリーモデルを売るディーラーの場合、これがマーケットフィットしなかったということです。

補足すると、当該ディーラーの戦略は日本では一番売れたメソッドです。ブローカーがおらず一見さん含め感動的な顧客体験とフォローアップが重要視され、地域密着戦略が有効且つサービスに対する期待値が高い市場でなら最大限効果を発揮するということが立証されています。

進出した国に強みとして持っていけるものではないが、日本市場の特性にはマッチした戦略ということです。

このプロジェクトは引き際も地獄の様相を呈していて、メーカー側も国内最大の顧客である当該日系ディーラーに「失敗ですね」と言えずマレーシアのお国柄や国民性を批判し、あたかも日系ディーラーは悪くないと擁護する姿勢です。

そしてディーラー側も自社の仮説を否定できずサンクコストが積み上がり、n億円の赤字を毎年計上していました。(現在はどうなってるかわかりません)

おもてなしという呪い

こういう人、身近な海外プロジェクト関連の人にいませんか?
・進出国の文化や規制を批判する「この国は規制が厳しいですからね」
・進出国の国民性を批判する「この国の従業員はすぐ帰りますからね」
・自分たちの仮説は間違ってないと主張する「啓蒙は時間がかかりますね」

これ大体、自分たちの強み分析と進出するマーケット調査が甘いパターンです。孫子も敵を知り己を知れば百戦危うからずと2,000年くらい前から言っていますね。孫子すごい。

上記日系ディーラーの例で言うと、おもてなし文化みたいなものが、日本市場においてのみ通用する特性だと認識できず一般的に世界中で必要とされている自分たちの強みと思ってしまったのですね。

個人的には、日本のおもてなしによる感動は安さへの感動だと考えています。もっとわかり安くいうと「(こんなに労働賃金やらサービス価格が安いのに)ここまでしてくれるの!?」という感動です。潜在的には価格と受けられるサービスのギャップに感動しているという感覚があります。

フランスで日本と同じ時給で同じ接客スタンダードを求めるとストライキに遭いまくって商売にならないと思います。もはや事業ではなくストライキをされに行っているのでは、と自問自答するでしょう。

ヨーロッパでも高級志向なレストランやホテルに行くと日本と遜色ないか、もしくはそれ以上のとても丁寧なサービスを受けられます。

日本でそんなに値段が張らない飲食店やホテルでもとても良いサービスが受けられるのは単に人件費が安く、賃金が安いにも関わらず従業員に対して厳しい接客スタンダードを設け、顧客もそれを期待しているという日本という市場の特性です。(念の為、良いとか悪いとかの話ではありません)

それなのに、国を挙げてあたかも「おもてなし」という概念が日本の強みのよう表現してしまい、おもてなしの呪いにかかった事業者は海外マーケットで先にあげた日系ディーラーのように失敗してしまいます。

もちろん、おもてなしは日本に来られる外国人は感動するポイントではあると思うので、自国開催のオリンピックにおけるスローガンなんかの用途としては良いのではないかと思います。(ホスピタリティと表現した方が外国人にはわかりやすいのではと思いますが)

成功例:コンセプトとしての日本食

このままだと肯定感の低いnoteになってしまうので、成功例をあげます。最近日本人の方が経営する日本食レストランが増えてきており、上手く現地化されている例を多数目撃します。

ヨーロッパにおける日本食は、大半がベトナムや中華系の方々によって運営されています。日本のメガチェーンも一部進出していますが、日本食はもはや日本人がイメージする日本食ではなく、海外の食材を日本風にアレンジしたコンセプトとしての日本食が広がっています。

実際に海外でブームになっている日本食は流通のハードルから高度に現地化しています。お寿司がアボガドだったり、ツナにデフォルトでマヨネーズがついていたりするのがコンセプトとしての日本食です。大阪の人が銀だこを「たこ揚げやん」と嘲笑するノリで、日本食の日本っぽさにストイックな人だったら怒ってしまうかもしれません。銀だこおいしいのに。

日本人が経営されている日本食料理屋さんも現地化しているところが増えてきています。私個人の感想としても、高級志向で食材から無理矢理日本のものを調達せずとも、それなりの値段で美味しく食べれる日本人経営のお店が増えているのはとても嬉しいことです。

これは「コンセプトとしての日本食」を現地にあるものと舌に合わせて再定義し、自分たちで柔軟に工夫をしてマーケットフィットしている好例だと思います。

日本食の本当の強み

ここでのヒントは、「日本風」の味付けや調理方法がとても良いモジュールとして機能するので、日本人が自分たちの強みを生かして世界中どこに言っても現地にある素材で「コンセプトとしての日本食」を作ることができ、そして人々はそれを受け入れるということですね。

逆に日本から魚やお肉を海外に流通させようと思うと日本の3倍くらいの値段がします。デュッセルドルフで食べた飛騨牛のステーキは200gで12,000円でした。後悔はしていません。

ここでは日本風の調理方法が日本の強みとして機能し、日本の食材や価格の安さは日本の市場特性によるものだと定義できます。ここまで解像度を上げるとようやく自分たちの強みがなんなのか見えてきます。

おわりに

意外と欧米諸国で評価されている日本の強みは、禅であったり、建築様式や日本庭園の作りであったり、浮世絵などの美意識に関係する日本のコンセプトです。例えば禅は、無駄を排除して真理を追求するアプローチというイメージがあります。なので、デザイン性の高いプロダクトでZEN◯◯とつくサービス、ないしは企業をよく見かけます。

サブカルチャーもとても広く各国に受け入れられていますが、こういった美意識に関係する産業もクールです。昨今のひたすらサブカル推しの風潮を見ると、こういうことは余り自覚的でないのかな、と考えたりします。

年始で時間が空いたのでちょっと長めのnoteを書いてしまいました。

今回は事業の海外展開は自分たちのアプローチが本当にフィットする強みなのか、それとも日本市場の特異性なのかよく分析しないと判断を誤ってしまうよね、というお話でした。ご意見あればぶつけてみたいです。

次回はなんとなくグローバル人材って何なの?みたいなことをテーマに書こうと思います。

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