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キーボードを打つという快楽

最初に勤めた会社は中央区の新富町にあった。会社といってもマンションの一室を借りた小さなもので、映画『僕たちはみんな大人になれなかった』に出てきた主人公の佐藤が入ったあの怪しい会社を思い出してもらうといいかもしれない。ただし人数がもう少し多く、7人ほどいた分もう少し広かったのだが。

1994年あたりだったと思う。阪神淡路の震災もオウムもエヴァンゲリオンも95年なので、その前夜になる。その頃私は20歳を少し過ぎたばかりだった。iMacは98年、iPhoneに至っては2007年の発売なので今のように誰もがPCデバイスを持っているという時代じゃない。ちなみにSNSもない。また、私個人に限っていえばケータイすら所持していなかった。完全に身一つ、スタンドアローンで生きていたわけだ。
ちなみに仕事もまだアナログで会社にMacは導入されていない頃だ。完全手作業で版下屋に指定をして原稿を作る。そんな時代だった。

時代背景は置いといて、今朝流れてきたこの記事を読んだ。

書いてあることは新鮮ではないが、とても真っ当である。この10年20年で激変した「言葉と発信」の環境について、今の状態が当たり前ではないのだというところに立ち返った視点がある。

「口で話しているような感覚で、SNSを使っている人も多いかもしれない。けれど、実際は画面の『文字』に変換されていますよね。つまり言葉は、文字になった瞬間、どうしてもフォーマルになってしまうという宿命があるんです。
今のSNSアプリはきちんと見た目がデザインされているから、画面上へ綺麗な活字(デジタルフォント)の状態で表示されるでしょう。だから、本当はちゃんと書けていないのに、『すごく書けてる』ように見えるんです」

記事中のこの箇所を読んで思い出したのが、最初に入った会社でのことである。
先ほど書いたように私は20歳ちょっとの若造で、世の中にはまだデジタルデバイスが普及していない。今であればスマホを持ち歩くことで移動中の暇は解消できるが、スマホのない当時の私は常に文庫本を持ち歩いていた。珍しく持ってくるのを忘れると非常にソワソワして落ち着かなかった。

Macがないということはキーボードを打つ機会もないということだ。今では考えられないがそうだった。ある時、会社にあるワープロでキーボードを打ってみたくて当時の部長に声をかけてみた。空いている時にワープロをお借りしてもいいですか?部長は快くOKしてくれた(と記憶している)。

今でもよく覚えているのは、とある土曜日の昼である。私は一人で会社に出てきていた。会社のワープロをテーブルに置いて電源を入れる。そのとき持ち歩いていた文庫本を開き、パラパラとめくって「この辺がいいかな」とページを開いて横に置いておく。慣れない手つきで文庫本の文章をキーボードで打ち込んでいく。慣れないから時間がかかる。タッチタイピングなどまだできない。でも着実に文字を打ち込んでいく。綺麗な文字が画面上に表示される。打ったら打っただけ文章が目の前に表れる。それが気持ちよかったのだ。その快楽のためだけに(買い物のついでとはいえ)週末にわざわざ会社に出て一人ワープロを打っていた。そんな日があった。
文庫本にして数ページ分打ち込んだところで満足しワープロの電源を落とす。打ったテキストは取っておくこともない。自作の文章でもなんでもないのだから保存する価値もない。ただキーボードを打ちたかっただけだ。当時はそういう飢えがあった。

私はワープロをもとあった場所に戻すと、会社という名のマンションの一室の鍵を閉め、遅めの昼ごはんを食べに歩いて銀座へ向かっていった。休日の中央区のオフィス街は人も少ない。時間だけは無限にあった頃だった。

やぶさかではありません!