見出し画像

動物園や水族館からいなくなってしまうかもしれない生物について、わたしたちはどう考えればよいのか。

動物園や水族館はわたしたち利用者の関心を引き続けるため、わたしたちが愛着を感じずにはいられない生物をいかに魅力的にわたしたちに紹介し見せる(展示する)かに砕心しますが、動物園や水族館のあり方、飼育されている生物の処遇をめぐっては、動物園水族館をとりまくわたしたちの考え方や態度についてもたびたび言及されます。

わたしたちの望みを動物園や水族館に届けるには……、いやちょっと待って。それよりも前に届ける意見をまとめるために、どう考えればいいのか。

そのあたりのことを考えながら綴ったツイート群をまとめました。

みなさんの思考の一助になれば幸いです。

参考記事:対談 川端裕人×mami「水族館でイルカを飼うということ」幻冬舎plus

ここからツイートのまとめ

ラッコは国内ではもうすぐ飼育下絶滅する。野生から新規個体を調達できなくなり、飼育下で繁殖による世代更新ができないまま個体群が高齢化したからだ。飼育下につれてきた個体をそれぞれある程度生かすことはできたけど、飼育下で持続可能な個体群を形成することは叶わなかった。

コアラも原産国・豪州での生息数減少によって提供を受けることができなくなり、個体数は減少の一途をたどっている。このまま豪州からの提供が途絶えてしまえば近い将来にラッコと同じように高齢化し国内飼育下絶滅の道をたどるだろう。

繁殖しないのは繁殖しない動物が悪いのか。繁殖できる条件や環境を整えてやるのは、飼育下へ動物を連れて来たヒトの役目ではないのか。ヒトの好奇心を満たすことを目的にして、若くて健康で適応力のある1頭を飼育下につれてくるのに、生息地や野生個体群に負担をかけ続ける意味とはなにか。

飼育環境への適応力が高く生命環の長いゴリラやゾウやキリンは長命だから個体数の減少も緩やかに感じるが、飼育下個体数が減少しているのはラッコやコアラと同じ。その理由も同じ。野生からの調達が困難になり、繁殖による世代更新ができないまま個体群が高齢化しているから。

ゴリラを飼育下に迎えたとき、ヒトはどの動物もただ雌雄を同じ場所で番わせておけば交尾して妊娠出産に至ると信じていた。それで繁殖に至る動物もあれば、そうでない動物もいた。複雑な社会を形成して生きるゴリラはそうでない動物だったが、ヒトがそのことに気がついたのはずっと後のこと。

ゴリラが健全に生きるには群れが必要だと気がついても飼育下ですぐに群れが形成できなかったのは、スター動物を手放したくないという施設が少なくなかったからだ。動物の幸せのために動物を手放すという決断ができなかった。そうこうしているうちに創設個体群は高齢化し数を減らしていった。

ゴリラはもうどうあがいても野生や国外施設から提供されることはない。繁殖への望みを捨てきれずに飼育下寿命間近の高齢化したペアを引き離して新たなペア形成に挑戦していたが、引き離されたペアも受け入れ先の個体も死んでしまった。残ったわずかな個体群ではペアの組みあわせは限られている。

お金をだせばゾウやキリンはまだ手にいれられるかもしれない。市民が望めば誰かが願いを叶えてくれるかもしれない。でも本当にそれでいいのか。あれほど国内各地にいたゾウやキリンが子を残さずに死んでいった現実をみなくていいのか。好奇心を満たすためだけに1世代限りの消費を続けていていいのか。

そしてイルカ。沿岸での捕獲が可能な日本はイルカの原産国なので、群れが回遊してくる限り野生からの調達には事欠かない。国内で調達できるから輸送費も国外から調達する動物ほどかからない。捕獲枠範囲内であれば法による制限もない。他の動物にある「踏みとどまざるをえない条件」がイルカにはない。

これまでの例にならいヒト社会に取り込んだ動物のことを考えるためにまずヒトの足元に危機が及ぶ必要があるのなら、イルカにおいては漁をする人がいなくなるか、沿岸捕鯨が可能な海域から野生の個体群が消え去ってしまうかのどちらかが視野にはいらなければ考えられないことになる。それでいいのか。

最近の報道ではイルカの繁殖が困難であることが必ず付け加えられるが、少なく見積もっても半世紀はある国内の飼育の歴史の中で顧みなかったことが伝えられることはない。半世紀の歴史をもってなお持続可能な健全な飼育下個体群が形成できていない理由はその顧みられなかった部分にあるのではないのか。

動物園水族館が「野生生物のすばらしさ、いのちの大切さ」の啓発を使命にするなら、多くの代償を払ってきた歴史の上に今も続く「1世代限りの消費」をもってヒトに伝えなければならない「すばらしさ、大切さ」とはなにか。またヒトは1世代限りの消費を前提にしてもなお生物に感動や癒しを求めるのか。

「ヒト社会に取り込んだ動物を、以後は生息地や野生個体群への負荷を最小にすることを心がけながら、健全に維持してほしい」という願いは綺麗事か。好む好まざるに関わらず動物園水族館の恩恵を受けてきたヒト社会もまた、これまで払ってきた多くの代償を動物園水族館と共有しているのではないのか。

オリジナルのツイート群はこちらから(芋づる式)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?