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長文感想『善人長屋』 西條奈加

『心淋し川』で直木賞を受賞した西條奈加さんの出世作。
本所や深川の下町で、健気に、そしてしぶとく生きるちょっとクセのある人々の喜怒哀楽を描く人情劇です。

最近読了した宮部みゆきさんの江戸の人情劇に感化され、今注目の西條奈加さんの本を手に取った次第。

どちらかと言えばライトだった宮部さんの『本所深川ふしぎ草紙』と比較すると、こちらはエンタメ小説の形を取りつつも、江戸の庶民の抱える闇、そして悲しみをしっかり書き込んだ読みごたえのある一冊でした。

物語は、ちまたで「善人長屋」と評判が立つ住民が集まる長屋に、火事で焼け出されたひとりの錠前職人の男性が流れ着いたことから始まります。

実は、この長屋の住人たちは、昼間は生業に励む善人を装いつつも、裏ではスリや美人局、盗品の横流しをする「小悪党」たちの寄り合い所帯。

長屋を取り仕切る「質屋」の主人・儀右衛門は、以前連絡があった鍵前破りと勘違いしたことから端を発し、根っからの「善人」にしか見えない彼・加助を結局長屋の住人にすることになってしまいます。


小悪党ぞろいの長屋の住人たちが、加助に勘繰られずにこれからの仕事を続けられるのか?

それどころか、根っからの善人である加助が住人たちにとっての「やっかい事」を次々持ち込み周りを巻き込んでしまうものだからさあ大変!

そこを小悪党ならではの「機転の良さ」で解決してしまう「ノリの良さ」に、読み手もいつの間にかページをめくる手が止まらなくなる面白さが味わえます。

この部分は、海外コージーミステリの『ワニの町へ来たスパイ』シリーズと同じエンタメ性を感じますね。
儀右衛門の娘、お縫(おぬい) と長屋の住人のひとり「文吉」とのちょっと匂わせ(笑) もあり、読んでいてニヤリとするところでもあります。

その一方で、この本の9つの章それぞれにクローズアップされる、様々な「特技?」のある住人たちのこれまでの人生も濃密に描写され、江戸の市井の人たちの喜びや哀しみをひしひしと感じる奥の深さも、この本の大きな魅力なのです。

先にあげた宮部さんの『本所深川ふしぎ草紙』では、「銭形平次」に近い世界観でしたが、こちらは闇から江戸の庶民を見守る「雲霧仁左衛門」チックな感じですかね。

ただ、小悪党たちのこころの心象風景を追うだけでなく、善人として振る舞う人のこころにも果断にアプローチする西條さんの視点は、なかなかドキリとさせられるものがあります。

そう言う意味では、善人も小悪党も、人生に闇を抱える普通の人なのかも知れませんね。


【以下、余談】

小悪党が主人公と言えるこの物語に、ひとりの「伝説の仕事師」が登場します。
この人にかかれば「巨悪」もひとたまりもない、という凄腕の持ち主。

一度は引退して長屋を離れ故郷へと戻ったものの、とある事情で江戸へやってきます。

そして、「両国の花火」にまぎれて人生最後の大仕事にかかります。

江戸じゅうの小悪党たちも刮目するその仕事ぶり、ぜひ実際にこの本で堪能して欲しいところですが、西條先生が単なるヒーローとは描かないところはさすが一流のストーリーテラーだと感じ入った次第です。


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