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岡田索雲『ようきなやつら』双葉社、を2冊書いたかったお客様

 S市の独立系書店で働いており、書店員目線で本のことを綴っています。

 今月、書店では、「店に在庫している本についてのポップ」をお客様に書いてもらって並べるというフェアを行っている。
 あるお客様にこう言われた。
「店にないマンガのポップを書きたいのですが、2冊購入して、1冊は自分用にして1冊は店に置いてもらえませんか?」
「?」
 1冊は自分用にして、というところはわかる。自分の買った本を、店に置くということはどういう意味なのか、わかりかねた。
「その本が店で売れた場合には、売上をもらいたいということですか?」
 とぼくは、おそるおそる尋ねた。
「いえ。そうじゃないんです。とにかくその本を皆さんに見てもらいたいんですけど、どうするのがいいですかねえ?」
 なんとなく、話が見えてきた。つまり、そのマンガのことがとても好きなので、広めたいのだな。
「でも、私、明日から離島に働きに行くので、次にここに来られるのは9月の末になるんです」
「?」
 見えてきた気がした話が、再び、わからなくなってきた。
 詳しく聞いてみると、サラリーマンをしていたのだが、嫌になってやめて、沖縄や北海道で季節労働をして暮らしている人だという。
「先にお金を払っておいてもいいんです」
「お金をもらっておくと、ややこしいことになりそうなので、こういうのはどうですかね。まず、今日、ポップを書いてください。マンガは発注して店に並べます。そしてポップも付けます。もし、売れたらすぐにもう1冊発注します」
「いいですね。じゃあ、私が次に来た時に、まだ店にあったら、それを買わせていただきます」
 企画としてはあくまでも店頭にある本にポップを付けてもらうということなのだが、この人の熱量に負けた感じだった。
「なんていうマンガですか?」
「『ようきなやつら』です」
 それからお客様の熱い語りが始まった。
「ツイッターでこの漫画家さんのことを知って、漫画を読んでみたらとても良かったんです。その後、たまたま私の地元の喫茶店で、その方が編集者と打ち合わせをしていたんです」
「えっ。本人がいたんですか?」
「そうなんです。そして、その編集の人がとても頑張っているみたいで、多分ツイートしたのもその編集者だと思うんです。それで、私、紙の本を作って売るのがいかに大変かってことに気づいて、なんとか力になりたいって思ったんです。本当は『読んでます』って声をかけたかったんですけど、怪しい人だと思われそうで黙っていました。それで、今日、ここに来たら、ポップを書いてくださいってあったので、これはどうしても書かないといけないと思いまして」
 それからお客様は、その熱量のままにポップを書かれ、「じゃあまた3ヶ月後にきます」と旅立っていった。
 すぐに『ようきなやつら』を注文したのだが、ぼくがまず、買ってしまうような気がする。

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