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浜辺のゴミの意味のメカニズム(2)

④ どうしたらゴミはなくなるのか

 ここから先はOHPシートの隅っこに赤いマジックインキで「アダルト・オンリー」と書いて、大人の話ということで、写真はなく、文字と数式だけの話を続けた。
 いったいどうしたら海洋のゴミは、なくなるのだろう。「人口爆弾」という本を書いたスタンフォード大学のポール・エーリック教授によれば、人間が環境を破壊するインパクト(I)は、I = P x A x T という式によっておおよそ表すことができるという。ここでPとは、Population(人口)、AとはAffluence(生活の豊かさ)、TとはTechnology(技術、たとえば耐水性の石油化学繊維を作り出す技術)をいう。環境破壊インパクトは、人口と、豊かさと、技術の相乗効果によって増大するというのだ。簡単な式であるだけに、説得力をもつ。
 ゴミによる海洋汚染についても、そのままI=PxAxTの式が当てはまるのではないだろうか。ゴミによる海洋汚染は人口と生活の豊かさと技術力のそれぞれの相乗効果によってその激しさを増すつまり、百年前に比べると、人類は数十倍かそれ以上の破壊力を身につけて、海洋を汚染しているということになる。また、現在のように人口が増え続け、豊かな生活スタイルが全世界に広まり、石油化学製品などをつくり続けているかぎり、海洋汚染はますます広がることが予想できる。新たなゴミの海洋への流入を減らしたかったら、プラスチックや発泡スチロールなどのプラスチック素材や化学製品の生産・使用を世界規模で全面禁止する以外にないだろう。
 さらに、海洋汚染の場合には、いったん流入したゴミがそのまま海中を漂い続ける場合が多いので、I = P・A・T の式よりも、積分値∫Iとして汚染はどんどん累積していくことも考えられる。これから数十年あるいはもしかすると数年のうちに、実に深刻で取り返しのつかない状態にまで汚染が一挙に進むかもしれない。つまり、海洋汚染は、人類が今のような生活を続けているかぎり、なくなるどころか、加速度的に深刻化する一方なのだ。

 

希望のない暗いシナリオ:65億人にとって海は無限でない

 私の発表はここで終った。この発表は、東アジアからの参加者だけではなく、フィリピンやアメリカからの参加者にも共感を生んだ。演壇上で話していても、聴衆の意識がまじめになって話の内容に注目していることを感じ取ることができた。地球上のどこの国でも、どこの海でも、どこの海岸でも、みんな同じゴミの問題に遭遇しているのだ。そして、それが浜辺のゴミの問題ではなく、重大な海洋全体の汚染の問題であることに、まだ気付いていなかった人が多かったのだ。
 聴衆のひとりは、「大変印象深い発表だったが、結末が暗すぎる」と言った。私もそう思う。しかし、それ以外には、希望のない暗いシナリオ以外には、考えようもないというのが正直なところだ。会議に招待されていた日本大学の先生は、よく三番瀬を調査するそうだが、台風の後などは洗濯機や冷蔵庫まで打ち上げられることがあるのだそうだ。電化製品の引き取りが有料になったために、こっそり夜影にかくれて海に投げ捨てる不心得者がいるようだ。まだ海は無限だと思っている人が多いのだ。

 実際に、僕が富山の氷見で乗せてもらった定置網漁船の漁師さんは、吸っていたタバコを火のついたまま海に投げ捨てていた。注意をしたかったのだが、乗せていただいている身分では、ちょっとできなかった。また、知り合いから聞いた話だが、某県水産試験場の環境調査船の乗組員は、沖合いに出ると、海の上でゴミ箱をひっくり返すのだという。海はゴミ処理場だと思っているのだ。
 海で生計を立てている人ですら、海の環境を調査している当の本人ですら、海は無限だからゴミは捨て放題と考えて、日常的に捨てているのだ。それほどまでに、人間は海の前でちっぽけであり、海は無限であって、何でも捨ててよいと間違った認識をもってしまう。その間違った認識をもつのはやむをえない。広い海原にたった一人でいたら、海は無限大である。タバコの吸殻であろうと、ゴミ箱にたまったゴミであろうと、もし地球上に人間がひとりしかいないのであったら、捨ててもかまわないだろう。被害はゼロに等しい。

 問題は、それを65億倍(当時の人口)したらどうなるかということだ。陸上に住む65億人がゴミを捨てたら、いくらひとりの人間の目には広大に見える海であっても、プール並にあっという間に汚染されてしまう。人類が異常繁殖してしまったことが、最大の環境問題なのだ。この点を全人類に教育する必要がある。
  
 そして、今もそれはまるで変っていない。今現在、世界人口は80億人になっている。そもそもこの惑星の7割が海なのに、なぜ「地球(earth)」と呼ぶのか? とアーサー・クラーク(SF作家)は問うた。地上にしか住まない人間は海のことまで想像力が及ばないのだ。鯨や人魚姫だったら、この惑星を「水球(aqua)」と呼ぶだろう。

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