山下氏と鈴木氏のいがみ合い

キャノングローバル戦略研究所の山下一仁氏と東京大学教授の鈴木宣弘氏が、ついに名指しで罵り合うようになり始めたらしい。お二人とも日本の食料安全保障に強い危機感を持ち、それぞれ著作を出しているにも関わらず、その方法論で真っ向から対立し、批判しあっている。

お二人の唱える解決手段は対照的。
山下氏は強い農家に任せればよい、下手に国が守ろうとするな、という立場。新自由主義に親和性が高い。
他方、鈴木氏は、農家はどこの先進国でも補助金等で保護されており、国家が農家を守らなくてどうする、という、国の力に頼る立場。
私には、両極端に見える。

山下氏の主張にも、無理がある。確かに強い農家がいるのは事実。しかし強い農家だけで農業を支え、食料を支えられるのか、というと、心もとない。海外の安い穀物に価格で戦えという主張も、ちと乱暴な気がする。ごく一部の農家以外はみんな倒れて、農業と食料は相当に崩壊してしまうかも。

さりとて、鈴木氏の国による保護主義も無理がある。国はすべての農家を支えきれるほど強い存在なのか、という現実問題がある。この場合、農家を支えるのは非農業の人々になる。その人たちも、自動車産業の将来を考えると体力がいつまでもつか。農家を守りきれないという現実も直視する必要。

私は、農家を守ること、農業を守ること、(国民の)食料を守ることはイコールではないと考えている。農家を守り過ぎたら農業や食料がかえって危うくなることもあり得る。日本の農業を守ったら、かえって食料が足りなくなり、国民が飢えることもあり得る。農家、農業、食料は必ずしも利害一致ではない。

山下氏は、強い農家への親近感が強く、弱い農家への配慮に欠けがち。強い農家だけで勝負を打った方が面白くなる、という考え方らしい。しかし、一所懸命働かなければ自分も転落する、という恐怖と不安に駆られるのは、心休まらず、疲弊する。

強い農家が強くいられるのは、弱い農家が生き残れている現実を見て、「自分にはまだ余裕ののりしろが残されている」と安心できるからだろう。もし弱い農家がすべて淘汰され、強い農家しか生き残れない状況になれば、余裕分を一切失い、疲弊することになりかねない。

鈴木氏は弱い農家への強い同情があり、これらの人々を救済するため、国家という強者の力を借りるべきだ、と考える。しかし国の力にも限界がある。国の余力をすべて農業に注いでしまったら、非農業に振り向けるべき資源がなくなり、結局農家を助ける力も失ってしまうかもしれない。

現実的な解はお二人の間にあるように思う。お二人の著作から学ばせてもらっている私としては、お互いの長所を持ち寄り、課題解決の策を共に考えて下さればよいのに、と思う。強い農家に任せりゃいいという新自由主義も、弱い農家も守るべきだという保護主義も、両極端に思う。現実的に考えて頂きたい。

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