コメを食べないから小麦、で大丈夫か?

この記事では日本人が米を食べなくなっているから小麦を育てればいい、という内容になっている。商売を考えれば非常に妥当な判断ではあるが、食料安全保障と農業現場の事を考えると、そうたやすい話ではない。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK064DU0W3A100C2000000/

一つは、小麦が日本の気候にさほど適していないこと。日本には梅雨があり、この時期に収穫時期がかぶるとカビる。小麦のカビはマイコトキシンという猛毒をつくる恐れがあり、梅雨を避ける必要がある。田んぼを畑に完全に切り替えてしまえという記事の提言は、収穫時期を梅雨に縛られないで済むから。

しかし小麦はイマイチ収穫量が日本では伸びない様子(10aあたり300kg程度、コメなら500kg以上)。品種改良も行われているようだが、乾燥冷涼な気候を好む小麦は、温暖湿潤な日本の気候とどうも相性が悪い。
日本も古来から麦を栽培してるが、大麦が多かった。江戸時代になるまで小麦はあまり生産されていない。

気候的に適してない日本で小麦生産に軸足をおくと、アメリカやオーストラリアの小麦に勝てない。結局「海外の安い小麦を買えばいいじゃないか」という声が強まり、そのとき一気に日本の穀物生産がダメになる恐れがある。食料安全保障を考えると、アメリカと同じ土俵で戦ってはいけない。

もう一つは、一度水田を破壊すると、水田に戻すことは非常に困難になること。水田はその周囲の灌漑システム全体で設計され、成り立っている。水田を畑にすれば、その水路のシステムを維持する理由を見失い、荒廃するだろう。すると、食料事情が変わってまたコメを作りたいとなっても、無理になる。

現在、日本人があまりコメを食べなくなっているのは事実だが、品種も水田システムも栽培技術も素晴らしく改良が進んでいる。このため、日本の耕地はコメだと高い生産性が可能。この資産を本当に破壊してよいのか?コメほど生産性のよいものを作ることは、日本の農地では難しい。

水田で育てるコメは連作障害がないという点で優れている。毎年コメを育てても根の病気は起きない。他の作物は根の病気が発生する連作障害が起きるため、小麦をはじめとするコメ以外の作物は、同じ作物を同じ畑で連年育てるわけにいかない。このため、アメリカのように代わりになる土地が必要。

日本は狭く、アメリカのようにかわりばんこに別の作物を栽培するというゆとりがない。三圃制という方法だと、畑を3つ用意してその一つでしか小麦を育てられない。水田なら3つともコメを育てられるのに。稲は日本のような温暖湿潤な気候には実によく合っている。

コメより生産力があるといえばサツマイモ。しかし日本では基腐れ病というのが流行してしまい、比較的連作障害が出ないと言われていたサツマイモも、連作は難しくなっている。そんなこんなを考えると、水田機能を破壊することは、いざというときの食料増産を非常に難しくすることになる。

食べてもらえないコメを作っても、というのは商売上の問題は深刻なので、事情はよくわかる。しかし「俺は病気になったことがないから健康保険には入らない」という論理がリスキーなのと同じで、食料安全保障を軽視するのも危険。

でも、私の中では、最も深刻にとらえているのは前者の理由の方。アメリカが大得意とする小麦にシフトすることは、力自慢の大男にひ弱な小男が力で勝負を挑むようなもの。相手の土俵で戦うのは、知恵がないように思う。

かつて自由貿易により肉とオレンジが自由化されたとき、価格では全く歯が立たず、日本のミカンと牛肉は壊滅すると言われた。しかしどちらも高級ブランド化することで全滅を免れた。同じ土俵に立たなかったことが功を奏した。小麦を作るにしても、アメリカ小麦と同じ土俵に立たないよう、高級路線に走るなどが必要になる。

しかし今回は難しい。日本が貧しくなっているからだ。ミカンと牛肉が高級路線で生き残れたのは、日本人が裕福で、高給なミカンや牛肉を買えたからだ。しかしいまや日本は派遣社員や非正規労働が多く、低賃金。食費は安ければ安いほどありがたい状態。これでは、小麦のブランド化も難しくなる。となると。

圧倒的に安い小麦を作れるアメリカの一方的勝利に終わる恐れがある。小麦に切り替えるということは、日本の食料安全保障をそっくりアメリカに委ねることになる。その危険性を低く見積もってよいのかどうか。

日本の食料安全保障を考える際、日本人が低所得化しているということが非常に厄介。コメもブランド化に成功していたから、海外産のコメとも差別化が可能だった。しかし消費者の購買力が失われれば、高いコメを買うことができない。海外産との差別化が難しくなってしまう。

私は、コメをやめて小麦を作るよりも、余ったコメは安くてもいいから海外に輸出できたら、と思う。ところがアメリカも中国も、なんのかんのと理由をつけて、日本からのコメを大量輸出することを許していない。日本は、海外への穀物輸出という手段を事実上奪われている。

アメリカは補助金までつけて安く穀物を輸出してるのに、日本は許してもらえない。このために、日本は食料安全保障をとても組み立てにくくなっている。余分なコメを海外に輸出できたらいいのに、それが許されていない。そんな国際的枠組みの中に日本は置かれている。

打てる手が限られている中で、日本は食料安全保障の手立てを考えなければならない。最適解を見つけることがそもそも無理な中で、ワースト(最悪)よりはワース(悪いけど最悪ほどではない)を選ぶ必要がある。
あまり安易に考えず、様々なことを考え尽くしてその都度決断していかねばならない。

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