模擬失敗の積み重ね

私は部下育成の方法として「失敗を楽しむ」ことを推奨している。すると、医療関係者や介護の現場の方から「我々は人間相手だから失敗させるわけにいかない、どうすれば」というご意見を頂く。実は研究の世界でも失敗できないものが多々ある。高額機械は取り扱いを誤るとあっと言う間に壊れてしまう。

そこで私は「模擬失敗」をしてもらう。「ここを押すとどうなると思います?」と問うて、考えてもらう。最初は皆目見当がつかないから、初心者スタッフは何を聞かれてるのかさえ分からない。そこで次にヒントを散りばめながら次の問いを。「ここがこっちにつながっているでしょ。だとしたら?」

「あ、ここでよけいな力がかかって壊れてしまいます・・・?」「ご明答。ではこのスイッチを押したらどうなると思います?」
このように、やっちゃいけない操作について、それをやったらどうなるかを考えてもらう。その際、着眼点を示し、スタッフに観察し、仕組みを考えてもらうゆとりを与える。

「模擬失敗」をたくさん経験してもらうと、非常によい効果がある。仕組みをよく理解できること。成功する方法だけを教えると、少し思い違いをしただけで大失敗につながる恐れがある。仕組みが理解できておらず、教えられた操作方法しか頭に入っていないから、容易に勘違い、思い違いをする。

しかし「模擬失敗」で機械を壊したりするシュミレーションを重ねると、なぜそんな風に壊れるのか、という観点から、その機械の仕組みが理解できる。そして正しい操作方法がなぜその手順になっているのかも、仕組みから理解できる。実際には失敗しなくても、「これをこうしたらこうなる」は大事。

そして「模擬失敗」を深く心に刻んでもらうには、なるべく自分で観察し、仮説を立て、結果を予想することをスタッフ自身にやってもらう必要がある。そのため、なるべく教えない場所を確保しつつ、「問う」。

ここを押すとどうなると思います?スタッフが分からないようなら「ここはどこにつながってます?」と、次の着眼点を示すけど、スタッフに観察してもらい仮説を立ててもらい、それを口にしてもらう。その仮説を否定することなく、理解度、予想の精度を確かめるための指標程度に思って、否定しない。

見当違いの仮説を述べても、「なるほど、ではここはどうなっています?」と問いを重ね、思い違いに自身で気づいてもらう。「あ!ここ、こうなっています!」「ということは?」妥当な見解が出てきたら「ご明答!」

いわば「失敗当てクイズ」にする。こうして失敗の数々のパターについて、自ら観察し、仮説を立て、当てたりなかなか当たらなかったりする経験をすることで、その高額機械の仕組みが理解でき、なぜそうした操作方法を取らねばならないのか、理屈がわかるようになる。

教える人はしばしば、手っ取り早く正解を教え、その通りにだけ動けばよいのだ、と、指導の節約をしてしまう。しかしそれでは、仕組みが理解できない。人間は、やっちゃいけないことまでやってみて初めて理解できたと納得しやすい生き物。指導の節約は結局、失敗を招きやすいように思う。

様々な失敗のパターンを、観察と仮説の積み重ねから知ることができた人は、失敗しなくなるだけでなく、仕組みが理解できる。このことは大きい。「この実験にもこの機械の性能を活かせるのでは?」と、応用の効く意見も出せるようになる。

模擬失敗を含め、いろんな失敗から学んだ人は応用が利くため、自立して動くことが可能になる。そうなれば、もう一人の自分がいるようなものだから大変ラク。正解、成功する方法を教える以上に、間違ったこと、失敗する方法を、「問う」ことで共に探る経験を重ねてもらうことはとても重要だと思う。

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