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掌小説 「青写真」

written by Shinta SAKAMOTO

-ある瞑想家の手記-

Date 20??.9.26
Place 未来研究所


それは、3つから4つの異なる場面から構成された意識の旅であった。
最後に、瞑想に戻ってくる時に聞こえていたメロディを頼りにして、その旅が持つ気配をスケッチした。スケッチは詩として現れた。

13の青写真を言葉にしていこう
果てしない時の狭間に浮かぶ本当の君
あなたのみちをいきてみせて

未来研究所内の化学系の広めの実験室の机で、私は、四つの鉱物がもたらす関係についての簡単な実験を、若い研究者たちから見せてもらっていた。そのうちの一つの金属が「月」と呼ばれる黒い結晶だった。「月」という金属は、シャーレの上で、浮かんでいて、その周りに、金粉を振りかけると、見事に楕円を描き、金粉が一塊の8の字に収束した。一見、それは金塊のように見えるが、シャーレから「月」の結晶を取ると、たちまちに粉に戻って、重力によって、台の上に金粉は散らばった。
「これが、月の引力さ」と研究者の一人が、言った。
「月の引力によって金は、固体化する。実際触ってみても、固体と遜色ないんだ。」
と話しながら、もう一度シャーレに別の形をした「月」の結晶を浮かべた。
金粉を振りかけると、今度は、0の形になり、よく見るとその線がクルリと回転し、表も裏もないメビウスの輪になっていた。
「そう、お分かりの通り、この月の結晶は、その大きさや形によって、金粉を振りかけた時に生まれる形状が異なるんだよ」
と、彼は笑みをうかべて語ってくれた。
私は、そういうものもあるんだ、と感心しながら改めてその月の結晶に触れようとした。
「おお、やめておきたまえ」と別の学生が嗜めた。
「何か金属を通して触らないと、面倒なんだ」
「いや、もちろんこのサイズの月じゃ命に関わることじゃないよ」
私は素直に、彼らのいうことを聞いた。
実験が終わってからも、この興味深い物体の様子を、金粉を振りかけながら、見つめていた。
若い研究者たちは、次の講義の準備をしているようだった。
私は、じっとこの月の結晶を見つめていると、触ってみたくなった。
金粉を、粉袋に戻して、この星の引力を受けつけずに浮かんでいる月の結晶に、人差し指の先で少し触れてみた。

「グォーン」

と、大きな鐘の音が聞こえたと思うと、私は、見覚えのないコンクリートで覆われた、地下の教室に立っていた。教室は、真四角の灰色のコンクリート打ちっぱなしの場所であり、机も灰色で、脚の部分が床にめり込んでいた。直感がここを地下だと示しているが、窓はついていた。窓の外は、薄暗く、ほんの少し先には、洞窟の内部のようなごつごつとした岩場が広がっていた。真四角の教室の後方の部分は、すっかり壁が取り払われ、外に直接つながっている。
教室にいる学生たちが少しずつ、外に出ていった。私も何かに吸い寄せられるようにして、外に出ていった。真っ黒な木の根っこのようなものが、たくさん生えていた。
私たちはみな能天気に、あたりを散歩していたが、ある瞬間、その黒い木の根っこから、紫色の筋が光だし、尖った枝のようなものが一気に、育ち始めた。
私は、「あ!これでは、皆が刺されてしまう」と思うと、その場にいた数十名ほどの学生たちが、教室の方へ走り出すのが見えた。

はっと気がつくと、若い研究者たちが私の顔を覗き込んでいた。
私は、実験室の床に寝転がっていた。
「どうだった?」と聞かれたので、私は、今見た景色の話しをした。
「この結晶は、悪夢で出来てるんだ」
「だから、あまり触らない方がいい」と、金属製のメガネをしたベテランの研究者が私に言った。
「ああ、そのようだね」
私は、自分の心拍数が上がっていることに気がつき、「少し瞑想ルームに行ってくる」と彼らにいった。

卵形の瞑想ルームで寝転んだ。現在の上空の星の配置と、私の生体磁場を読み取り、最適な瞑想音楽が瞬時に生成され、私の状態と互いに共和しながら、音楽が展開されていった。私は目を瞑り、流れに身を任せて、意識の状態が変化していくのを感じた。

瞑想をしているという意識がなくなった時、私は妻と、父と祖母と叔母さんと食卓を囲んでいた。ひとしきりたわいのない会話を終えると祖母が、「最近、祖父が出会った頃の話をよくするの」と言いながら涙を浮かべた。そうかあと思いつつ、その雰囲気から逃れるように、父が「もう帰るぞ」と言った。私は、「まだ行かない」とはっきりとした口調で言った。半ば怒っているようにも聞こえた。そこから、少しばかり父と私の間に言い合いがあった。
その後、私の中で憤怒するものがあり、父にさっきよりさらに明瞭な声で、語りかけた。
「私は、あなたの子であるが、私は私の生命を生きる。あなたの指図はもはや意味をなさない」
言葉を放ちながら、あたりが白いモヤに囲われていき、私は、空のない真っ白な駅のホームにいた。

そこで改めて、父を前にして私は立っていた。
しかし、父は、自分の実際の父というより、白髭の壮年の男になっていた。私はその男を父と認識している。
その男が、こんなことを私に言った。

おまえが3歳のとき魔法をかけた
その魔法は加護であり同時に籠となった
鳥は、籠を壊して、空に飛び立たねばならない

魔法の内容が記された、厚い一枚の羊皮紙を私に見せた。私は、先ほど父にあそこまでの剣幕で向かっていったことで、この魔法が解けたことを、理解した。それゆえにこの父のようで全く父でない様相の男がこの魔法の内容を私に見せているとも理解することとなった。
羊皮紙に書かれていたのは、短い詩のような文であった。ボリュームとしても200文字あるかないか、その程度のものだ。その文章の細かい内容は瞑想から覚めたときに、忘れてしまったが、そこに書かれていることを読んだ時の私は虚をつかれたような反応を持った。つまり、その魔法は、全く悪いものではなかったのだ。私は、その魔法が私をこれまで縛り付け、苦しめているものだとどこかで期待していたようだった。
だが、その魔法は、どこまでも私を愛し見守ろうという慈愛の精神に満ち溢れたものであった。その瞬間、白髭の男が「魔法は加護であり、籠である」と私に言ったわけを悟った。
私は、なんとかその魔法の内容を言葉で覚えていようと思ったが、意識が遠のきながら、「ああ、覚えきれないから、その響きだけでも」と願った。
そして、メロディと体験した景色だけが心に残り、元の意識が戻ってきた。私は、瞑想の意識を保ちながら、それらを詩として書き留めた。

13の青写真を言葉にしていこう
果てしない時の狭間に浮かぶ本当の君
あなたのみちをいきてみせて

Show your life / 命をみせて
Show your light / 光をみせて
There’s nothing to hide / 隠すものは何もない
Only you can do it forever / それをできるのは永遠にあなただけ

藍色の布 はためかせて目がさめる時
忘れた羽のありかを思い出して飛びたつ
卵の殻を、内から砕く
星が瞬く、太空に飛び出して

幾度も幕開けるこの世界 めくるめく旅路
藍色の布 弾け飛んで ふたたび 今 生まれる


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