『ハーバー・ビジネス・オンライン』に掲載予定だった安倍政権期の警察・内閣情報調査室をめぐる論考(2)

前回からの続き。

内閣情報調査室の権限が大きすぎる<日本の情報機関の政治化3>

(中見出し)
内閣情報調査室の権限拡大が「制度化」される危険

 この短期連載では、内閣情報調査室や公安委員会が政治に接近していることを指摘してきた。

【第一回】
【第二回】

筆者の論考に対して、こう反論する人がおられるかもしれない。最近の内閣情報調査室のプレゼンス上昇は、首相秘書官を務めた北村滋氏という個人が、安倍晋三と個人的に密接な関係を築いたがために起きているにすぎない。従って、北村氏が内閣情報調査室を離れれば、あるいは安倍氏が政権を手放せば、内閣情報調査室もまたそれ以前の比較的、無害な状態に戻ると。

このように考える方がいらっしゃるかもしれないが、筆者としては、当初は北村氏と安倍氏の属人的な関係であっても、現在、進行している内閣情報調査室の権限拡大によって、内閣情報調査室のプレゼンス上昇が「制度化」される可能性があると考える。

現在、筆者の把握できた限りで、内閣情報調査室および内閣情報官は、以下のような8つの権限を持っている。

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(1)内閣情報調査室は、国内部門と国外部門に分離されていない。
内閣情報調査室には、国内部門を担当する部署と国際部門を担当する部署が併設され、内閣情報調査室トップの内閣情報官が国内・国外情報を一手に司っている。国外のテロ情報収集を任務として2015年に設置され、順次拡大中と言われる「国際テロ情報収集ユニット」も、組織上は外務省に置かれているが、実質的には内閣情報調査室が指揮監督することになっている(今井前掲書211-214頁)。

指摘せねばならないことは、国内と国外を共に扱う情報機関は、民主主義国家としては異例である。国内と国外を受け持つ情報機関は、通常、組織的に分離されているからである。例えば、アメリカの国内情報部門はFBIであり、国外情報部門はCIAとなっている。アメリカでこのような分離がなされたのは、アメリカ大統領トルーマンが、FBIが国内と国外情報を同時に担当すれば、ナチス・ドイツの秘密警察「ゲシュタポ」になると恐れたためである。そのため国内部門はFBI、国外情報はCIAと区切ったのだ(ワイナー前掲書、第16章などを参照)。
 
近年、民主主義諸国でも、国内と国外の情報機関を統合していく動きは存在すると見られるが(松本光弘「国際テロ対策の手法と組織―テロ攻撃の阻止とテロリストの監視」『講座警察法第三巻』、立花書房、2014年」)、情報機関の組織を全く分離しないというやり方は類を見ないはずである。

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(2)内閣情報調査室のトップである内閣情報官は、首相に直接、定期的に報告する。

次に、内閣情報調査室トップの内閣情報官は、2001年以降、事務次官級の身分を有し、首相に直接、定期的に報告できる。報告の回数は、朝日新聞の報道によれば週1回(金曜)である。(朝日新聞2018年7月27日「自民党総裁選2018 安倍政権の実像:下 政府も党も、進む「私的機関化」)

この点、今井良氏の記述とは食い違う。今井氏によれば、内閣情報官は、週2回(火・木)、首相に報告している(今井前掲書3頁)。筆者が直近の新聞の首相動静欄で確認したところでも、極めて頻繁に面会している。

いずれにせよ、情報機関と最高意思決定者が、極めて近いわけである。かつての内閣情報調査室の室長は、首相ではなく官房長官に報告していた。ワンクッションがおかれることで、情報機関と最高指導者が分離されていたのである。しかし、現在はそうしたクッションは存在しない。最高指導者と情報機関の近さは、「情報の政治化」という問題を引き起こす可能性がある。この点については、後述する。

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(3)執政府・立法府内に設置された常設監査機関は存在しない。

内閣情報調査室の活動に対する監査機関は、存在しない。少なくとも、筆者は記述を見つけることができなかった。また、公安警察に対する立法府による監査機関も存在しない。
 
この点は、かねてより問題になってきた。かつて外務省が主導した、対国外情報機関設置のための懇談会「対外情報機能強化に関する懇談会」の座長を務めた元・警察官僚にして元・内閣情報調査室長の大森義夫氏は、監督組織の設置を求めている。

具体的には、「実効的な活動を阻害しない範囲で国会に報告する仕組みをつくる」「政権中枢及び情報機関の仕事ぶりについて勧告権限を持つ専門委員会を設置する」などといった監査メカニズムを置くことが提案されている(今井前掲書204-206頁)。しかし現在、情報機関に対する直接的な監査機関は存在しない。

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(4)内閣情報調査室は、情報コミュニティの要である。
内閣情報調査室が中心となる「情報コミュニティ」とは、内閣情報調査室、警察庁、防衛省、公安調査庁、外務省、経済産業省、海上保安庁、防衛省、金融庁から構成される(今井前掲書58-59頁)。Wikipedia情報となって恐縮であるが、インテリジェンス部門の実務トップが参加して隔週で開催される「合同情報会議」の事務手続きは、内閣情報調査室が取り仕切っている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E5%90%8C%E6%83%85%E5%A0%B1%E4%BC%9A%E8%AD%B0、2019年8月15日アクセス確認)。

一般に言って、事務を取り仕切る組織は、その会議体の運営をリードするだろうと考えられる。北村滋・内閣情報官の下で、内閣情報調査室への一元化はかつてより実践されているという(今井前掲書193-194頁)。

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(5)警察キャリア官僚が就任する内閣情報調査室の長、内閣情報官は、さらに出世しうる。

内閣情報官ポストは、警察官僚キャリアの終点ではない。さらに出世できる。実際、内閣情報官の北村滋氏は、今年9月に国家安全保障局長に就任した。

また、官僚機構の頂点を占める内閣官房副長官に就任する道も、存在しないわけではない。現在の事務方トップである内閣官房副長官にして内閣人事局長である杉田和博氏は、警察官僚であり、かつ内閣情報官を過去に務めていた。首相の安倍氏の深い信任を得ている内閣情報官、北村滋氏は、次期官房副長官人事レースの筆頭と言われたこともあったという(時任前掲書87頁)。他方で、内閣官房副長官に昇進することはないとする記事もあった(「「ホラ吹き」内閣情報調査室の凋落」『選択』2018年12月号、57頁)。

いずれにせよ、北村氏が国家安全保障局長に就任することで、情報に関わる業務を歴任したことになる。その上で、北村滋氏がいずれ内閣官房副長官に出世することがあれば、警察官僚→内閣情報官→内閣官房副長官(内閣人事局長)というキャリア・パスが、有力なものとして制度化されうる。

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(中見出し)(6)内閣情報調査室は、「特定秘密保護法」の法案作成・企画・運用・総合調整を行い、公安警察は「適正評価」において大きな役割を果たしている。

2014年に施行された特定秘密保護法は、国家の安全保障や外交に関する重要な情報を「特定秘密」として指定し、秘密を漏らしたり、漏らすようそそのかしたりした人物を処罰すると定めた内容である。この特定秘密保護法の運用や総合調整は、内閣情報調査室が行う。

ここでのポイントは、各省庁の官僚が機密情報を扱っていいか否かを決める「適正評価」を行う際に、内閣情報調査室や公安警察が決定的な役割を果たすだろう(今井前掲書73-77頁)。(加筆)

周知のように、キャリア官僚人事は、内閣官房副長官(内閣人事局長)が行う。キャリア官僚人事に対して「適性評価」を行うために、その人物に対するあらゆる情報を入手する内閣情報調査室およびそのトップの内閣情報官は、決定的な影響を与えうる。

なお、この適正評価においては、「思想や信条、信教、適法な政治活動、市民活動、労働組合活動などの調査はできないことになっている。また、収集した適正評価の情報の目的外利用も禁じられている(今井前掲書78-79頁)。しかし、どうであろうか。常識的に考えて、調査過程でその思想信条等の情報も知られるのではないか。そもそも、内閣情報調査室に対する監査組織は存在しない。また、本連載の一回目で見た前川喜平氏の「出会い系バー」通い情報が読売新聞にリークされたらしいとすればと、この規定の実効性は極めて疑わしい。

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(7)政権が警察に対する人事権を掌握しているが、人的審査にも携わる可能性のある内閣情報調査室は、警察に対するコントロールを強める。

公安警察を含む全警察機構に決定的な影響を与えうる。同時に、首相の側近たる内閣情報官および官房副長官は、警察庁人事を支配するだろう。他方、内閣情報調査室トップの内閣情報官は、さらに出世するために、政権の意向に対して従属的となる。

このような場合、情報機関の要員のトレーニング(公安警察官のトレーニング)を、内閣官房副長官および内閣情報調査室が統制するようになる。情報機関の要員の教育を、一手に引き受けるということである。

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(8)内閣情報調査室は、情報工作に従事している。

先ほど述べたように、1993年から1997年まで内閣情報室長を務めた大森義夫氏の下で、内閣情報調査室は公開情報を収集するだけでなく、メディアに接触して公開情報を自ら作っていると言われるが(今井前掲書、53頁)、それだけではない。内閣情報調査室は、週刊文春と週刊新潮に対し、公安警察を投入して記事の担当記者や情報源、利害関係、弱点を、尾行・監視・電話やメールのチェックによって探し出しているとされる(時任前掲書81頁)。注意したいのは、内閣情報調査室が公安警察を利用していると、何の留保もなく書かれている点である。この記述が確かならば、内閣情報調査室は公安警察官を指揮できていることになる。

まとめよう。①国内/国外部門の融合、②首相に対する直接報告、③常設監査機関なし、④情報コミュニティの格、⑤内閣情報官はさらに出世可能、⑥官僚人事に対する決定的影響力、⑦警察組織に対する支配、⑧公開情報の操作、といった権限を持つことになるだろう。

それだけではない。また、2013年8月に北村滋氏が朝日新聞にリークした案によれば、内閣情報調査室を「内閣情報局」に改組し、内閣情報官を一人から三人に増やし、「国内」「国外」「防衛」に分けた上で、そのうちの一人を「内閣情報監」に格上げするという。そして3人の内閣情報調査官が個別に首相に報告することになるようだ(「内閣情報局新設へ 官邸の収集機能強化 日本版NSCと連携」『朝日新聞』2013年8月30日一面)。

この時点での北村滋氏の案も、情報機関を分離する意向はないと見られる。同様の内容は、少し内容は異なるが、今井良氏の前掲書にも紹介されている(今井前掲書216-217頁)。内閣情報調査室は、さらなる権限を持つ可能性がある。

以上のような強力なフォーマル、インフォーマルな権力を持つ(可能性がある)内閣情報調査室を、どのように考えればいいか。次回の記事では、同調査室をブラジル軍政下の「国家情報局」と比較し、検討していく。

参考文献


今井良『内閣情報調査室-公安警察、公安調査庁との三つ巴の闘い』幻冬舎、2019年

時任兼作『特権キャリア警察官ー日本を支配する600人の野望』、講談社、2018年。

松本光弘「国際テロ対策の手法と組織―テロ攻撃の阻止とテロリストの監視」『講座警察法第三巻』、立花書房、2014年」

ワイナー、ティム『FBI秘録―その誕生から今日まで・上』山田侑平訳、文藝春秋、2014年


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