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過去の上書き

先日、美里と野球を観に行った。

球場に足を運ぶのは、実に5年ぶりだった。


私は中学までは野球をしていた。

だが、中学と高校の境、ちょっとした兄弟喧嘩から野球が嫌いになっていた。

それ以降は野球と関わることもしなくなっていた。

私は運動自体得意な方ではない、

地元では父や兄の影響が強く、父や兄はスポーツ万能マンとやらであり、そのギャップを感じ、それが私には苦しかった。

あの頃の私は、よく周りから「高校でも野球やるよね?」と言われたりすることが多く、その返答に困って「ははは、そうですねえ、」なんて、肯定的な反応を見せつつも悩んでてやらなそうな反応を同時に見せる言葉を、愛想笑いに乗せることを身につけた。

よく周りの大人からは笑顔が良いなどと言われていたが
そんなことは無い。あの時の笑顔は引きつったものだと大概の大人たちは気づかなかった。

いや、本当は気づいていたのかもしれない、気づいたうえで嫌がらせのつもりで言っていたんだろうか?と思うぐらいにはひねくれていた。

そんなこんなしているうちにあれから6年近く経っていた。


「野球見に行きたい」

そう美里に誘われた時、正直、初めは「行こう」と言うか迷っていた。野球か、野球かぁうーん、が素直な気持ちだった。

野球を離れて5年も経てばあの時の嫌な気持ちも無くなっている。なんならそれを受け入れる寛容さも手に入れている。しかし、5年という時間は長すぎた。

正直、私は今になって見に行くの?じゃーなんでもっと早く行かなかったの?って思う自分がいた。

直ぐに行こうと返すにはまだ躊躇う時間を作るのに十分な時間だったと思う。

だが、私も大人になったことだし、それと向き合うきっかけは欲しかった。
美里も観たがっているし、僕は僕と向き合い前に進むきっかけになるし、一石二鳥じゃん!と思い

「行こう」と行く旨を伝えた。



予定日の週の初め、
「行けなくなった」とメッセージが来た。
その時はすこし安堵していた。良かった、行かなくてもいいのか!そう思って「分かった」と返そうと思ったが、私はなにかモヤモヤするものを感じた。



これでいいのだろうか?これは私の前に進むきっかけの1つになるんじゃないか?その考えが頭から離れなかった。

LINEのメッセージに既読を付けたまま20分は経っていたと思う。
体感時間的には何倍もあった気がする。

悩んだ末に選んだ言葉は、「別日に回そう」「美里行きたいでしょ!」
だった。

我ながら笑えてくる。行きたいのは私もなはずなのに尋ねる言葉に「も」を入れることをしなかった。

人の言葉に本心が出るというがまさか自分でそれに気付くとは思わなかった。

美里に私の苦悩を乗せたのだ。それも私の気持ちが楽になりやすい形で。


改めて、日程が決まった。

その日は準々決勝。
どうやら強豪校同士の対決になるそうだ。

5年前と変わらず、勝ち残るチームというのなかなかは変わらないらしい。

さすがは名門である。


私は不安と楽しみの真ん中にいたと思う。
日程が決まってからは楽しむための準備を始めた。

お互いがいかに楽しむか、そう考えることは不安の解消になるかも知れない。そう思ったからだ。

当日、美里と合流し鴨池に向かった。思いのほか早めに着きそうだったので2回戦からのつもりだったが、1回戦から見ることにした。

私たちはチケットを購入しスタンドに入っていく。

歩いている途中からでも外から球児たちの声や声援が聞こえてくる。ドキドキしながら前に進む。

スタンドに入ると音だけのものが視界に大きく広がった。


音たらしめていたものが球場という空間全体を使い「野球」というものを表していた。



私はこの光景を見た瞬間、今まで考えていたことがバカバカしくなるくらい心から楽しんでいた。

「ここはどうしてくるかな」「この場面は熱いな」
試合の予測のつかない不安と高揚の入り交じるなんとも言えないゾワゾワする感じをみんなにも是非味わってほしい。

最終回、2アウト2ストライク3ボール満塁、

私が鳥肌を味わっていると美里が腕をさすっていた。恐らく観客の大半が腕をさすっていたに違いない。

打球が外野へ飛んでいく。

一気に逆転し高得点が入った。あの時の感覚を是非味わってほしい。そう感じた。


恐らく大半はもう一度球場に足を運ぶだろう。



この日、私は間違い無く新しい一歩を踏み出した。


過去と向き合い、楽しいものに変えることができたから。

いや、本当はわかっていた。私が嫌いだったのは野球ではなく、他人の勝手な押しつけと期待が嫌だったことに。

帰り際、「また行きたいね」なんて話した。

この日を振り返り、
過去と向き合うきっかけができて思う。

本当に良かったと。

私の過去は楽しいものに上書きすることができた。

だから美里には本当に感謝を伝えたい。

いつ死ぬかもわからないから、ここに言葉を残しておこうと思う。



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