見出し画像

ドンケラリー ~世界を席巻した日本の花~

実家の庭に見慣れぬ椿が咲いた。キャンディーピンクに白い斑入りの八重咲、大輪。庭木の隙間にすっくと立った80㎝に満たない若木だ。前から椿は数本あったが、単調な赤の古風な花で、気にも留めていなかった。

でも、これはドレスアップした乙女のような華やかさ。俄然興味がわいた。いったい何という品種だろう。母にきいてみたが、高齢のため、この花がいつどうやってこの庭に来たかさえわからない。

インターネットで花の特徴を検索してみる。たどり着いた名前は……「ドンケラリー」?! 見た目とのギャップに思わずのけぞった。可憐な花に似つかわしくない厳つい響き。なぜ、道化者のような、安売り王のような名に?

調べると、ルーツは留米椿だった。もともと久留米原産の椿で、和名を「正義(まさよし)」という。これもまたお堅い名前! 久留米市草野町のガイドによれば、この花を献上された有馬の殿様がいたく気に入り、「正に好し」と言ったとか。それが正義へと変わったらしい。

約200年前の1829年末、この正義をシーボルトがヨーロッパへ持ち出した。日本研究のため集めた動植物の中に、正義の接ぎ木苗があったのだ。半年の航海の後、アントワープに着いた植物の多くは枯れ果てており、正義も瀕死だった。当時、ベルギーはオランダからの独立革命前。動乱のさなか正義は植物園に移され、手当てを受けて生き返った。その植物園の園長が「ドンケラリー」なのだという。以後、欧米ではドンケラリーとして普及した。

なるほど、そんな歴史があったとは。わが家のドンケラリーはといえば、咲き始めの一輪はピンクだったが、後続の花はどんどん色が濃くなった。今では赤くなり色気を増している。有馬の殿様やシーボルト、ドンケラリー……多くの男性を魅了した艶やかさと、過酷な航海や動乱を生き抜いたしたたかさ。それを兼ね備える花だ思うと、ドンケラリーというくどい名も意外とふさわしく思えてくる。

これを機に、椿の本をいくつか読んだ。シーボルトが持ち帰ったドンケラリーはヨーロッパ大陸各地に広まり、1830~80年代に椿ブームを巻き起こした。これを交配親として、西洋人好みの派手な新種が生みだされたのだ。デュマの『椿姫』(1848年)は、このブームを背景にしたものだという。1950年以降、椿はイギリス、アメリカを経て南半球の国々にまで広まり、世界的なブームとなった。ドンケラリーは偉大な覇者だった! 洋種椿は数限りなくあり、バラのように華やかだ。

それというのも、椿の新種づくりは意外と簡単で、専門家でなくてもできるらしい。人工交配は別として、植物園や椿園で根元に落ちている種を拾って蒔くだけだという。(拾って持ち帰っていいかどうかは個人の責任で確認してね)八重や牡丹咲きなど、豪華な花が咲いている園がおすすめのようだ。自然交配で思いがけない新種が咲く可能性がある。種を蒔くだけで新種の育種家になれるかもしれない。どんな花が咲くかワクワクだ。ただし、花が咲くのは5年後だけれど。

もっと簡単な方法は、椿の花や葉に枝変わりがないか探すだけ。椿には時々突然変異が起こるそう。皇后さまにちなんで命名された「プリンセス雅子」も枝変わりで発見されたものだという。

ちょうど今は椿の季節。毎年3月上旬に「久留米つばきフェア」が開かれる。主会場の「久留米市世界のつばき館」には「正義通り」があるらしい。館のある草野町にはシーボルトが持ち帰った正義の原木もあるそうな。古木がオープンガーデンで一般公開されるはずだ。

久留米以外にも、椿園は日本中に散らばっている。「椿の名所」で検索してみるといい。この春は椿を見に出かけてはいかが。古風でおとなしい花と思っている人は、イメージを覆されるだろう。

苗の植え時は3月。時期が来たら、絞りのきれいな苗を買って、わが家のドンケラリーの近くに植えてみよう。ひょっとして新種ができないか?と秘かに期待しながら。

「正義」に似た濃い紅に白斑
「葛城絞(かつらぎしぼり)」か
「春の台(はるのうてな)」?

参考ウェブサイト:

大場秀章「1.シーボルトの21世紀」「2.ライデンにあるシーボルトゆかりの博物館」『東京大学コレクションXVI シーボルトの21世紀』国際共同展示・特別展示・東京大学コレクションⅩⅥ「シーボルトの21世紀」展,2003.
https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2003Siebold21/(2024年2月12日アクセス)

大場秀章「ジャポニズムの先駆けとなった シーボルトの植物」『人間文化』vol. 26,人間文化研究機構,2016.https://www.nihu.jp/sites/default/files/2018-01/ningen26.pdf(2024年2月12日アクセス)

田中敬子「久留米つばきとシーボルト」『久留米物語』https://welcome-kurume.com/knows/story/kurume_story16.html(2024年2月2日アクセス)

楢原義則「ツバキの名花「正義」日田漫歩㊽『宇宙』vol.62(5月)医療法人聖陵会,2015. https://www.seiryou.or.jp/sora/pdf/vol62.pdf(2024年2月2日アクセス)

『久留米市世界のつばき館』https://www.kurume-tsubakikan.jp/(2024年2月2日アクセス)

参考文献:

桐野秋豊、箱田直紀『NHK趣味の園芸――よくわかる栽培12か月 ツバキ、サザンカ』日本放送協会,2000.  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?