見出し画像

映画『理想郷(As bestas)』—モデルとなった実際の事件とは?—

はじめに

2023年11月より、ロドリゴ・ソロゴイェン監督の映画『理想郷』が日本でも公開される。閉鎖的な村の中で、新参者への偏見・嫉妬・排他意識が次第に村人を残虐にしていく本作は、人間の本質を描いたと映画祭でも高い評価を得ているが、この作品はスペインで実際に起こった事件をモデルにしていることでも知られている。

『理想郷』が作品の中で、フィクションとして昇華した「田舎と都会の対立」は、実際にはどのような事件だったのだろうか?

事件の発端

全ての始まりは1997年、スペイン北西のガリシア州オウレンセにあるサントアージャ・ド・モンテという村に、マーティン・フェルフォンダーンとマーゴ・プールのオランダ人夫婦が移住したことだった。マーティンとマーゴは都会の生活から離れ、自然の美しい場所で畜産業を始めようと、サントアージャ・ド・モンテに居を構えた。そこで彼らは、村の古くからの住民であるロドリゲス一家と、山の土地を共有することとなった。
ロドリゲス一家には、マヌエルとホビータ夫妻のほかに、2人の息子であるフリオとフアン・カルロス兄弟がいた。

移住当初、ロドリゲス一家とフェルフォンダーン夫妻の関係は良好で、夫妻はしばしば一家を食事に招いたこともあった。しかし、夫妻が共有地を含む山の権利を主張したことがきっかけで、ロドリゲス一家と夫妻の対立が始まることとなった。
お互いの対立は深まり、事件の直前には、マーティン・フェルフォンダーンは身の危険を感じ、家の周りに監視カメラを設置したり、契約には至らなかったものの、オランダに一時帰国した際に、生命保険の相談を行っていた。

そんな中2010年1月に、マーティンが買い物に出かけたのち行方が分からなくなる。大掛かりな捜索が行われ、マーティンの妻マーゴもロドリゲス一家に疑いの目を向けていたが、手掛かりは見つからず、捜査は打ち切りとなった。

犯人の逮捕

事件が進展を見せたのは2014年、スペインの治安警備隊が山火事の防火対策のため、周辺の山を見回っていた際、マーティン・フェルフォンダーンの自宅から12キロ離れた松林の中に焼けた車と遺体を発見した。
検査の結果、遺体がマーティンのものと判明し、ロドリゲス一家の弟のフアン・カルロスが殺人罪で、その兄のフリオが死体遺棄の罪で逮捕された。

ロドリゲス一家とマーティン・フェルフォンダーンの対立がありながら、最初の調査で治安警備隊がフアン・カルロスを容疑者から外した理由に、彼が重度の精神障害を持ち、7歳の子供程度の精神状態であると判断されたことがあった。
しかし、フアン・カルロスは無免許でありながら常に猟銃を携帯し、結果、2010年1月に、自宅から出てきたマーティン・フェルフォンダーンをその猟銃で射殺した。また、兄のフリオは死体の隠匿を手伝った後、4年の間村から行方をくらませていた。

事件のその後 

裁判の結果、フアン・カルロスには10年の禁固刑、フリオには11年と5か月の間、サントアージャ・ド・モンテの村およびマーティン・フェルフォンダーンの妻、マーゴ・プールへの接近禁止命令が下された。

サントアージャ・ド・モンテの村は、1999年に9人の住民がいたが、現在この地には、マーゴ・プールとその支援者のみが暮らしている。

ガリシア地方とは?

スペインは一般に、南のアンダルシア地方やラ・マンチャ地方の印象から「太陽と情熱の国」「乾いた土地」などのイメージを持たれがちであるが、スペインの北西に位置するガリシア地方は、ガリシア語を公用語とし、1年を通じて雨が多く、穏やかな気候のため、松やオーク、ブナなどの木が茂る緑の豊かな森に恵まれている。また、イベリア半島がローマに支配される以前から、この地方にはケルト系民族が暮らしていたため、未だケルト信仰の影響が色濃く残っている。

その上、リアス式海岸からなる複雑な地形は、外敵の侵入が難しく、「レコンキスタはガリシアからはじまった」と言われる通り、スペイン全土に広がったイスラム教徒からの国土回復運動も、最初はガリシア地方がきっかけとなっている。
また、1808年からはじまったナポレオンによるスペイン侵攻でも、ガリシア地方はナポレオン軍に反旗を翻し、ヨーロッパで初めてフランス軍を追放した場所となった。

一方、中央の人間が差別意識をこめてガリシア地方を語るとき、ガリシアの人間はしばしば「利己的」「頑固」と形容される。
決して1人の事例で全てのガリシア人を語れるわけではないが、スペインの独裁者フランコもガリシア地方の出身であり、ヒトラーからドイツ同盟国として第2次世界大戦への参戦を求められた際、多大な見返りを要求したうえ、決して自分の主張を譲らなかったので、ヒトラーがスペインの参戦を見送ったという逸話があることを、ここに付け加えておく。

参考記事

https://www.elconfidencial.com/cultura/2023-02-11/as-bestas-sorogoyen-crimen-santoalla-historia-real_3574244/ (2023/09/15参照)
'As bestas' y la terrible historia real en la que se basa: así fue el 'crimen de Santoalla' (elconfidencial.com) (2023/09/15参照)
El ‘thriller’ de Martin Verfondern (o cuando el guion de “terror rural” lo deja escrito la propia víctima) | Galicia | España | EL PAÍS (elpais.com) (2023/09/15参照)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?