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【短編】煉瓦男

「…何だここは?」

気づけば私は丸く煉瓦に囲まれた半径2メートル程の湿気臭い場所にいた。
上を見上げると世界一不潔でおぞましい此処とは決して混じらないであろう美しい青空が見えた。

不潔でおぞましい丸い枠に囲まれたそれは何故か私とは別の次元のモノの様に碧く美しかった。

「何だ?1人用の牢獄か?」自分に言い聞かせる様に呟きポケットを探った、私を恨んでいるヤツは山程いるからな…独り言ちながらスマホを取り出した。
「…しかし臭いな、こんな所に私を閉じ込めるなんて誰かは知らんが目にもの見せてやる!」

その気になればこの世から消す事だって私は出来るのだ。
しかしスマホの履歴や連絡先に誰の名前も無い。

(それは信頼だから)
私の心に言葉が響いた。コオロギが優しく葉の上で夜露を転がす様な音だった。超常のものと瞬時に判断出来た。現状を理解し最上の選択を選ぶのはビジネスの基本だ。そこに感情の這い入る隙はないのだ。

「私がビジネスパートナーと信頼関係を結べて無かったと言うのか?」
私は謎の存在に反論した。
少し息を荒げる腐った汚水の臭気が鼻腔を刺激する。苔むした煉瓦は吐き気を催す様に停滞した濁りを表す。

(その煉瓦も貴方が作ったんだよ文字通り寝る間を惜しんでね)
コロンコロン響く、狭い井戸の中良く響く。
 そうだ、高く積まれた吐き気を催す煉瓦の様相は枯れた井戸の中だった。

(貴方は生前他者をかえりみる事なく自身の欲望の為だけにその吐き気を催す煉瓦をせっせと積み続けて他者から隔絶し続けたのだ精神的に)

「死んだなら天国や地獄へ行くのだろう?」

私に恐怖は無い。ただこの場所の確信が欲しい、私が死んだなら良い人生だったとしか言いようがない。
高級車で良い女を最高級の食事でもてなすことが可能で貧乏人を踏みつけて来た。
経済ヒエラルキーの頂点で右往左往する馬鹿どもを見ながら生きてきた。いや生きたのだ。

(ここは間の世界です貴方は独善的で孤独でした誰にも心開くことなく腐った煉瓦を積み上げ逃げ込む子宮を創ったのです)

空を見る。

蒼く美しい、私にはもう届かないか。

その昔井戸の蛙を助けた事を思い出した。
偶然、釣瓶の桶に入っていたのを逃がしただけだが。

いつの間にか私の身体は憐れな蛙になっていた。

ああっ!私はこの枯れた井戸ので自ら建てたおぞましい煉瓦に囲まれて幼い自らが助けてくれるまで蒼く美しい空を見続けるのだ。
その傲慢さと欲望の報いとして。
 



 

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