ロシアの地政学

イントロダクション

こんにちは、こんばんは、おはようございます!Renta@マレーシアから国際関係論について考える人です!

今回はロシアの地政学についての記事です。具体的には、ロシアが置かれている地政学的状況の整理と、そこから見たロシアのウクライナ侵攻の原因です。


ソ連崩壊がロシアでの地政学ブームを引き起こした

ハウスホーファーの記事でも取り上げたように、地政学はナチスドイツによって利用された過去があります。

第二次世界大戦において、ソ連はナチスドイツと戦いました。だから、ソ連時代のロシアは、地政学に対するアレルギーがありました。これは、日本やイギリス・アメリカでもある程度見られる傾向です。

しかし、その後のロシアでは思わぬ形で地政学が再ブームとなります。それがソ連崩壊です。なぜソ連崩壊後に地政学が流行したのかと言うと、ソ連崩壊によって、ロシアの弱体化が凄まじいものになったからです。
しかし、ソ連が崩壊しても、ロシアは世界最大の領土を持つので、その防衛を効率的に行うための理論として、地政学が流行します。

ソ連崩壊後のロシアがどれだけ弱体化したのかも見てみましょう。

まず、国土の変化は以下の通りです。

ソ連の地図

赤く塗られているのが現在のロシアです。バルト三国・ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ・コーカサス諸国・中央アジア諸国が失われていますね。

次に、この変化が何をもたらしたのか見てみましょう。地政学者の論文から引用します。

A shrunken Russia lost heavily in the geostrategic and geo-economic stakes: reduced access to the sea, loss of port facilities, shut off as a 'northern-continental country' like some obscure corner of Europe. Russia was deprived of key elements of its strategic early warning system and air defence capabilities, vulnerability magnified by the reduction in the number of airfields available. The security of lengthy land and maritime frontiers fell to a shrinking military force. If the much-vaunted 'mobile forces' had materialised, which so far they had not, such forces would have had to rely upon a poorly-developed transport infrastructure. The demographic factor further exacerbated Russia's unfavourable geopolitical situation, rising mortality outstripping the birth rate with consequences for the immediate future.

John Erickson (1999) ‘Russia will not be trifled with’: Geopolitical facts and fantasies, Journal of Strategic Studies, 22:2-3, 242-268, DOI: 10.1080/01402399908437763

上記の論文によると、防衛上の問題として以下が挙げられています。

  • 海洋へのアクセスが減少したこと

  • 領土がヨーロッパの端の方へ追いやられたこと

  • 空軍の早期警報システムが失われたこと

  • 国境線の長さに対して陸軍・海軍の規模が十分でないこと

また、直接は国防に関係しないが後々影響を及ぼす変化として以下が挙げられています。

  • 交通インフラが脆弱であること

  • 人口が減少傾向であること

その一方で、アメリカは依然として国際政治における覇権国として君臨しています。また、中国の成長も無視できません。そのような状況下で、ロシアの国益を守るためのフレームワークとして地政学が流行しました。

ロシアの地政学-地理編

それでは、どの地域とどのような関係を結ぶことがロシアの国益になるのでしょうか?

ジョージ・フリードマンは主著『100年予測』にて、ロシアの国益に関わる地域を3つ挙げています。それが以下です。

  • ヨーロッパ

  • 中央アジア

  • コーカサス

この中で、ロシアにとって最も危険なのはヨーロッパです。
というのも、ヨーロッパ自体が巨大な平原だからです。平原には、森や山などの侵攻を妨げる障壁がありません。だから平原は攻めやすく守りにくい地形と言えます。

実際、ヨーロッパ平原の真ん中にあるポーランドという国名の意味は、”平たい土地”です。
ナポレオンやヒトラーが一時はヨーロッパ全体を支配できたのは、この平原のおかげとも言えます。

これに対して、中央アジアとコーカサスにはロシアの潜在的な敵国である中国・イラン・トルコが控えていますが、障壁があるためまだ安全です。
というのも、中央アジアにはヒマラヤ山脈からアフガニスタン国境沿いを走るカラクム砂漠があるからです。また、ロシアの国家基盤はヨーロッパ側にあるので、シベリアから進軍してロシアに大打撃を与えることも非常に困難です。

となると、ロシアにとってはヨーロッパとの国境が最重要になります。
ヨーロッパとの国境を守るためにロシアができることは、ヨーロッパに親ロシアの国(ベラルーシなど)を作ったり、石油や天然ガスなどのエネルギー源を握ることです。

ロシアの地政学-パワー編

しかし、地理的な情報を整理するだけでは地政学にはなりません。地理的な状況を加味しつつ、外交やテクノロジーとのダイナミクスを分析するのが地政学です。

そこで、ロシアを取り巻く外交(国家間のパワー争い)に注目しつつ、なぜロシアがウクライナ侵攻を行ったのか考えてみます。

ソ連崩壊~現在までの、ロシアを取り巻く外交において重要なのはNATOの東方拡大です。
NATOは元々、ソ連及びワルシャワ条約機構に対抗するためのものでした。
しかし、ソ連が崩壊してもNATOは存続します。むしろ、元々ソ連だった国々を吸収し始めました(EUにも同じ傾向があります)。

これはロシアから見れば、自分が弱っているところにつけこまれたと感じるでしょう。

From the Russian side not only enlargement but NATO in its entirety was interpreted as an instrument of American hegemony in Europe and the world at large, 'global military control over international space'. NATO was unequivocally identified by Lieutenant General Leonid Ivashov as the external threat in the West to Russia's security in the West

John Erickson (1999) ‘Russia will not be trifled with’: Geopolitical facts and fantasies, Journal of Strategic Studies, 22:2-3, 242-268, DOI: 10.1080/01402399908437763

こちらの引用では、ロシアから見ればNATOはアメリカの覇権をヨーロッパおよび世界に広めるための道具だ、と言われています。

また、EUがヨーロッパの政治と経済を統合する機関として現れたことで、元々ロシアと経済的に繋がっていた旧ソ連諸国との経済的結びつきも失われていきます。

これに加えて、ロシア自身の力が落ちていきます。というのも、ロシアの人口が減少気味だからです。


ロシアの人口ピラミッド

軍事も経済も基盤となるのは人口です。だから、30~40年代が一番多くて若者の人数が少ないロシアは、今後国力が落ちていくことが予想されます。

つまり、ロシアは国内要因・外交要因の双方で弱体化しつつあるのです。

その一方で、前節に述べた通りロシアはヨーロッパとの国境が脆弱なため、ヨーロッパに親ロシア国家を作る傾向があります。ウクライナ大統領のゼレンスキーはNATO加入を検討していたので、それを阻止するために侵攻を開始したと考えられます。

もちろん、ウクライナとロシアの歴史問題やプーチン個人のメンタリティからの分析も不可欠ですが、地政学から言えることもあるよということです。


まとめ

ロシアはヨーロッパの国境が脆弱なので、常にそこを気にしています。加えて、ソ連崩壊後に外交状況も国内の状況も悪くなりました。これらが、ウクライナ侵攻の条件となりました。

最後に、侵攻しない選択肢もあったはずなのになぜプーチンは侵攻を決意したのか。という問いに、プーチンのメンタリティに依らずに説明します。

ミアシャイマー教授の地政学理論において、国家は国際システムの極数(大国の数)によって、様々な戦略を取ると説明しました。
その中で、一極構造ではバランシングもバックパッシングも起きないと述べました。大国が1つだけだからです。この副次的効果として、その大国は中小国に軽率に戦争を仕掛ける、というものがあります。他の大国に邪魔されることがないからです。

現在の国際システムは米中露の3極構造です。加えて、NATOがあるとはいえ、アメリカがヨーロッパに直接軍を送り込むことは難しいです。

だから、ヨーロッパ限定で見れば一極構造となります。この場合、大国であるロシアは軽率に戦争を仕掛けることができます。

実際には、ゼレンスキーが名演説でG7を味方につけたり、ウクライナは国土防衛なので明らかに士気は高かったりして、戦前の予想通りにならないところはあります。しかし、プーチンは上のように考えた結果、侵攻を決意してしまったのではないでしょうか。

地政学シリーズは今回で終了となります。最後までお読みいただきありがとうございました!


参考文献

John Erickson (1999) ‘Russia will not be trifled with’: Geopolitical facts and fantasies, Journal of Strategic Studies, 22:2-3, 242-268, DOI: 10.1080/01402399908437763

ジョージ・フリードマン、『100年予測』

ピーター・ゼイハン、『地政学で読む世界覇権2030』

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