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マレーシアはイスラム国家なのか?(理論編)

イントロダクション

こんにちは、こんばんは、おはようございます!Renta@マレーシアから国際関係について考える人です!今回はマレーシアのイスラム教についての記事です。

マレーシアといえば…の1つのイメージとしてイスラム教があると思います。その一方で、マレーシアは多民族国家としても知られています。すると、以下のような疑問が出てきます。

  • マレーシアの民族すべてがイスラム教徒なのか?

  • そうじゃない場合、マレーシアはイスラム国家といえるのか?

このような疑問に、今回は論文を理論っぽく考えてみようと思います。そのため、今回の記事のメリットは以下です。

  • イスラム国家のイメージが分かる

  • イスラム教は政教分離が困難なものだとわかる

  • マレーシアがイスラム国家なのかどうか理論的に判断できる

そもそもイスラム教とはどんなものなのか

イスラム国家とは何かを知るために、まずはイスラム教の概要を知りましょう。

イスラム教は、政教という区別が存在しない宗教です。また、イスラム教徒にとってイスラムの教えは生活のすべてにおいて指針となるものなので、イスラム教にはいわゆる公と私という区別が本来存在しません。実際に、イスラム教徒が従うべきとされるコーラン・ハディース・イスラム法には、食に関する教えや銀行の利子・結婚制度についての決まりがあり、イスラムの教えは私的領域から公的領域にまで及んでいます。

なぜこのようなことが起こるのかというと、イスラム教徒はその信仰を行動(教えの遵守)によって示すからです。また、それをすると何が良いのかというと、来世での救済につながるからです。だから、イスラムの教えが私的領域から公的領域までにまで及び、イスラム教徒がそれを守るという流れは以下のように整理できます。

  • イスラムの教え(コーラン・ハディース・イスラム法)の遵守によって信仰心を示す

  • イスラムの教えがそもそも公的なものについて定めている(婚姻や金融など)

  • ゆえに、イスラムの教えに従うという形で信仰心を示すしかないので、公と私が区別されない。

  • そして、イスラムの教えの遵守の源泉が宿命論的予定説である

宿命論的予定説とは、「この世の運命、すなわち人間の宿命(天命)に関しては、すべて神が決定なさる。だが、来世の運命に関しては因果律が成り立つ(良いことをすると、救済される)」ということです。

ここから、イスラム国家とは「イスラム法によって統治される国家」ということが分かります。イスラム法はコーランやハディースの内容を解釈することで、日常生活に落とし込んでいるものです。だから、イスラム法を守ることは、コーランやハディースに従うことを意味し、最終的にはイスラムの教えの遵守に繋がります。

イスラム教と政教分離については以下のnoteに詳しく載せています。

イスラム教の世俗化の過程

マレーシアがイスラム国家かどうか判断するための理論として、カサノヴァという学者の世俗化に関する理論を見ておきましょう。世俗化は脱宗教化を表す言葉ですから、これによってマレーシアが世俗化されていると分かれば、マレーシアはイスラム国家ではないと判断することができます。イスラム国家において、人々の生活と宗教は切り離すことができないからです。

カサノヴァは世俗化の3つの特徴を示しました。それが以下です。

  1. 国家・経済・科学といった世俗的領域の宗教からの分化

  2. 宗教的信仰や実践の衰退

  3. 宗教の私事化(私的領域への撤退)

カサノヴァ自身は、第一の特徴は近代という時代の構造的傾向であり、抵抗し難いものだとしました。つまり、国家・経済・科学の世俗化が他の2つの特徴に重要な影響をもたらすと考えたのです。

実際に、カサノヴァは第二の宗教の衰退という命題は、歴史的な傾向ではあっても構造的傾向ではなく、第一の特徴にたいするオプショナルな反応として見るべきだと考えています。さらに第三の特徴については、宗教の私事化もまた歴史的傾向に過ぎず、近代的な個人の自由と共存しうる公共宗教がありえるし、現に存在するということを指摘しています。

となると、マレーシアがイスラム国家かどうか判断するには、マレーシアという国家がイスラム教とどのような関係にあるのか知るべきだということになります。

マレーシア憲法におけるイスラム教の立場

マレーシアとイスラム教の関係について見るべきなのは憲法です。
そもそも憲法とは何か。憲法は英語でconstitutionといって、動詞形のconstituteは構成する・形作るなどの意味があります。つまり、憲法とは国家の構成要素のことを指すのです。それを文字に起こすと、いわゆる第〇条~というリストが並んだ憲法典になります。憲法は国家の構成要素なので、マレーシアの憲法でイスラム教はどんな立場にあるか知ることで、マレーシアがイスラム国家なのかどうか判断することができます。

多和田裕司氏は、マレーシア憲法におけるイスラム教の特徴を4つ挙げています。

第一に、マレーシアはイスラム教に「連邦の宗教Jとして特別な地位を与えながらも、あくまでも人定法である憲法を最高法規とする国家であるという点です。
マレーシア憲法は

  • 第3条(1)項において、イスラム教を「連邦の宗教」として位置づけている

  • その一方で憲法第4条では、憲法を国家の最高法規として位置づけている

第3条によって、モスク建造やイスラム行政関係の費用は連邦政府が責任を負っています。しかし、第4条によって明らかに「憲法>イスラム法」という図式が現れています。

マレーシアにおけるイスラム教の特徴2点目は、マレーシア国民すべてを対象とする立法・行政・裁判制度と並んで、イスラム教徒のみを対象とするイスラム法・イスラム行政・イスラム裁判制度が存在するという点です。つまりイスラム教徒と非イスラム教徒かで、統治の方法が異なっているのです。マレーシアのイスラム教徒はほぼマレー系なので、マレ一系と非マレ一系のマレーシア国民は、 同じ国家に属する同じ国民でありながら、まったく異なる国に住んでいると考えることもできます。

特徴の第3点は、上述のようなイスラム教徒を対象とする法・行政・裁判制度は州政府に留まるということです。つまり、イスラム教は「連邦の宗教」ではありますが、マレーシア全体を貫くような統一的なイスラーム法・イスラーム行政・イスラーム裁判制度は存在しません。憲法第74条(2)項は、各州の立法機関(州議会)が、イスラム教徒を対象とするイスラム法ならびに身分および家族法の執行を認められています。そのなかには婚約・結婚・離婚等に関する手続きや、連邦法に抵触しない範囲でのイスラーム教義違反にたいする罰則などが含まれています。といっても、イスラム法が憲法の上に立つことはできません。憲法第75 条は、州法と連邦法が不一致 の場合は連邦法が優先され、州法は不一致の範囲において無効であることを定めているからです。

最後に、マレーシア・イスラームの特徴の第4点として、多民族国家マレーシアにあって、 イスラム教とマレ一系民族カテゴリーが密接に結びついていることが挙げられます。「マレ一系」カテゴリーが憲法によって「イスラム信仰を告白し、 日常的にマレー語をもちい、マレーの慣習にしたがっている者J(第160条)とされているからです。つまり憲法では、マレ一系の人々はすべてイスラム教徒であるということになります。さらに、各州の憲法によって世襲の州王はイスラム教徒かつマレ一系とされ、州の首相ですらイスラム教徒かつマレ一系のなかから、州王によって任命されることになっているのです。

結局マレーシアはイスラム国家なのか?

  • イスラム法ではなく、憲法が最高法規である

  • イスラム法による統治機構と、世俗法による統治機構両方がある

  • 州レベルでは、イスラム法に基づいた統治が可能である

  • マレーシアのイスラム教徒の大多数がマレー系である

まとめ

結局、マレーシアはイスラム国家なのでしょうか?私は「イスラム教徒にとってはイスラム国家、非イスラム教徒にとっては世俗国家」だと思います。
全体で見ると「憲法>イスラム教」なので、カサノヴァ的には世俗国家ではあるのですが、イスラム法による統治機構が準備されているので、イスラム教徒にとってはイスラムによる統治が実現されています。もちろん、憲法と抵触した場合は憲法優先なので、100%ではありません。結論として、マレーシアは「イスラム教徒にとってはイスラム国家、非イスラム教徒にとっては世俗国家」です。といっても「憲法>イスラム法」という図式は揺らがないため、世俗国家寄りなのかなというのが今回の(理論的な)結論です。

最後まで読んでいただきありがとうございました!次回は、マレーシアの歴史や政党について言及しつつ、マレーシアはイスラム国家なのかどうか考えるnoteにします!

参考文献

多和田, 裕司「マレーシア・イスラームにおける「イスラーム」と「世俗」 : 「イスラーム国家」論争を中心に」

小室直樹著 ”日本人のためのイスラム原論”


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