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聞こえにくい→認知症を考える

認知症の原因シリーズも佳境に入ってまいりました。
今回は、耳と認知症の関係について、です。(3月3日は耳の日でした)

難聴を放置すると、認知機能は7歳衰える

耳の聞こえ具合と認知症の関係については、古くは1980年代から、非常に多くの研究がなされています。中には2つは関係がなかったという結果もありましたが、横断的に研究したメタ分析(複数の科学研究をまとめて分析する手法で信ぴょう性が高い)では、「難聴と認知症は関連があった」というものがほとんどです。
そういうこともあって、難聴は認知症のリスクになるというのがWHOの見解であり、現代では共通の認識となっています。最近では、補聴器関連のイベントなどで啓発活動が行われていることもあって、他の認知症の原因よりも、難聴が認知症の原因というのは、けっこう知られているかもしれません。
「軽度から中等度を難聴を放置してしまうと、7歳分の認知機能が衰える=7歳年上の人の認知機能と同じになる」ということを指摘している研究もあります1)。


難聴が認知症を起こすのはなぜ?

難聴の方では全脳や右側頭葉という部分の容積が減ってしまっている、という研究もあります2)。難聴がある人では健康な人よりも海馬(記憶をつかさどる脳の部位)の容積が小さいことも分かっています。
脳がこうした状態になるのであれば、難聴が認知症の原因になるのも分かります。
でも、そもそも脳がこのような状態になるのは、いったいなぜ…?
タバコやお酒、大気汚染などの原因は、悪影響を及ぼす物質が体に(特に脳に)入ること自体が良くないというのはなんとなく想像がつきますよね。でも耳が聞こえないというのは、それとは違います。
結論、難聴が認知症の原因になるメカニズムは明らかにはなっていません。
現状で有力とされている仮説では、
耳が聞こえにくい
→周囲の人とのコミュニケーションが不足する
→うつ状態になったり、社会的に孤立する
(それと同時にコミュニケーション不足により聴覚からの情報が減る、脳が萎縮するなどが起こる)
→認知症になる
という一連の流れが考えられています。


補聴器の効果は?

ではどうしたらいいのか。
耳が聞こえにくくなること自体は、加齢による機能の衰えですので、完全に予防することはできませんので、耳の聞こえをサポートする補聴器がどうアプローチできるのか、というのはやはり気になりますよね。
補聴器が認知機能に与える影響についても、世界でいくつも研究されています。そして、「補聴器をつけることで、認知機能が衰えるのを抑えることができる」ということを示したものが多くあります。補聴器によってワーキングメモリ(一時的に情報を脳に保持して処理する能力)が高まったというものもありました3)。


大事なのは会話の量と質

ここまで難聴と認知症の関係についての研究などを紹介してきました。
しかし、です。
本当に考えなければならないのは、さらにその先にある、とひとつの文献を読んで教わりました国際医療福祉大学成田保健医療学部言語聴覚学科の小渕千絵教授が2020年に臨床精神医学に寄稿された「難聴と認知症予防」を以下に引用します。

”補聴器装用により社会参加やコミュニケーションの機会が増大する可能性が考えられる。しかしながら、個々の高齢者の社会参加の程度やコミュニケーションの質は本当に変化しているのだろうか?高齢者によっては、家族と同居する世帯もあれば、独居世帯もある。また家族と同居していてもコミュニケーションが希薄な場合もあれば、普段から絶え間のないやりとりのある家庭もみられる。”
出典)難聴と認知症予防. 臨床精神医学. 2020. 49. 5. 591-595

この文献で小渕教授が訴求しているのは、「会話の量と質」です。
上の引用のように、一人暮らしの高齢者の方や、家族と同居しているけど会話があまりない高齢者の方では、そもそも会話の量が少ないという課題が補聴器を付けてもなお残るわけです。
また、高齢者の会話は、量自体はあったとしても「話がよくわからないので自分の話を一方的にしてしまう」「質問を理解しないままにこたえてしまい、的外れなやりとりになる」という会話の質が高くない場合もままあると小渕教授は指摘されています。

高齢者本人と周囲の相互の理解

自分がまだ高齢者ではない立場ですが非常によく実感できます。小渕教授が指南するのは「高齢者とかかわる相手の側も、難聴を理解し、話しかけ方を工夫すること」です。双方の(特に高齢者への)理解が必要。もはや難聴本人の問題だけではありませんね。
耳の日に考える高齢者との関わり方。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

1) Frank R Lin. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2011;66(10):1131-6.
2) Lin FR et al. Neuroimage. 2014 :90:84-92
3)Doherty KA et al. Front Psychol. 2015 Jun 5:6:721. doi: 10.3389/fpsyg.2015.00721. eCollection 2015.

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