流れてゆく日々の心音 1

わたしにとっては 懐かしい言葉です。
心音とは こころね と勝手に作って
2008年から2012年にかけて 綴っていたブログのタイトルです。
あの頃のわたしは まだ母親の愛情を感じとることが出来ないままに生きていました。
それでも生きていられたし 笑いもする。呼吸をするように心も動く。
そのときの そんな自分にしか書けない言葉たちがありました。


個人的な事情で 綴ることをやめて 放置したままにしていましたが ふと 心音という言葉にひかれ 十年ぶりに触れてみて思ったことは、今のわたしには もうあの頃のわたしのことばでは書けないのだということでした。


こころの傷から流れる血は見えたりしない。されど 笑っているからといって 傷が癒えた訳でもない。血を流しているからといって 誰かを癒してあげれない訳ではない。傷が癒えたからといって その痕跡が消えてゆく訳でもない。
そして こころに 傷の痕跡も残らなければ 味わうには あまりにも足りなさ過ぎる。


そう言えるようになるまでに 長い時間を費やしながら 多くの人波のなかを 時に交わりながら 絡まりながら 転んで置きざりにされながら 歩んできたように思います。 


こころが変われば ことばも変わってゆく。みんなのそれと同じように わたしのこころも 日々 変わりゆくことを願いながら いつ終わるともわからない 夢の終わりを夢見ている。


過ぎ去りし時間のなかで 使い慣れたことばたちも いまのわたしのこころを あらはしてくれることばではなくなった。


いまの自分のことを 書けることばたちは いましか使えないものであれば
拙くても 滑稽でも 小綺麗でなくてもいい。ごりごり書いて 送りだしてあと戻りできなくなってから しげしげと眺めて驚いたり ひょぇ〜 としたりして 読んでくださった 稀有な素敵なかたたちと一緒に 大笑いしていたい。


そして 皆さまにも そんなふうに
書きつづけていてくださいと 願っています。 あなたのこころの枝葉まで
大好きでいさせてください。
  


わたしの終わりなき夢とは すべての背負ってきた重い荷物を きれいに 昇華させて 空へと帰してゆくこと。
できるかできないか ではなくて
やってゆこうと思っている。

あと何年 生きているのか わからないけれど すべてをきれいに洗い流し
魂の乗りものに 真っさらとまではゆかなかったけど と言って 感謝とともにさよならすることを願ってやまない。

そんな 変なひとが ひとりぐらいいても 構わないだろうし 誰も気に
かけたりはしないだろう。


いつの頃からだったか はっきりとは
わからないけれど わたしはこの生で最後にするのだと思うようになった。そのつもりで生きていると 泣きごとを言うことにも 愚痴を言って時間を浪費することにも 時間を使いたくないと思えるようになってきた。


誤解されないよう お願いしたいのは
このnoteで ご縁させていただいた
みなさまへのコメントのお返しや みなさまのもとへ 遊びにゆき 記事を読ませていただくことが なかなか
叶わないということとは 先に書いたものとは まったく別の事情で 疲れて深い眠りに就いているとか 雑事にいそしまねばならないとか そういう状況にあるのだと ご理解いただけましたら 至極うれしいです。


ガメラ 傷ついて 深く海底で眠るのように 堀井ねねも深く海底に沈んで
静かに眠る。
みなさまの想いを こころから こぼれ落とさないように 丸まって 夜の眠りの世界の住人となる。


わたしのこころは 動いてゆくのに
とても時間がかかってしまう。
そして こころが動かないと操縦できない。長いおつき合いになるけれど 今もってなお 不慣れな感覚と仲よくなれていないので 困ることもあり
今度は 丘にあがった河童になる。
コメントのお返しが遅くなるときは
河童になって 池のまわりに可憐に咲いた たんぽぽなんかと お話ししている最中かも知れない。

ガメラだったり 河童だったり
なんというか ことばに詰まる。 
もうすこし なんとかしたい。
本当にごめんなさいと思う。


からだという魂の乗り物がなくなって意識だけの存在になったとしても
お願いは してみたいものだ。

もし 願いをひとつだけ叶えてあげると言われたら 地球をふくめた宇宙や 生きものすべての 全体の調和とバランスを 回復させていただきたいとお願いしたい。


わたしは意識体になろうとしているのだ。なかなか おもしろいと思う。
そうなれるように 全力で疾走してみせようと思う。

話が くねくねとそれてしまいましたが ことばという事に話を戻せば 


愛情がわからないということばは わ
たしのこころに かすかな名残りを残し さよならと微笑んで 空のむこうへと吸いこまれてゆきました。
わたしのこころをあらわすものでは
なくなった そのことばは
愛してもいいですか ではなく
愛しています というあたらしいことばを わたしにくれました。


愛したくてたまらない
はじめて このことばを教えてくれた海ちゃんは 恐らく もうこの世にはいない。あと3年生きるつもりで 生きなさいと Dr.に宣告されていた。

そのことを聞いてから 3年はとっくに過ぎている。ブログでおともだちになって お互いこころを捨てることをせずにいて わたしに リアルになりたいの と言ってくれた海ちゃんとは
難波ハッチのライブで いちどだけ
お会いすることが出来た。

どんな服を着てゆくからとか そんなことを聞いていなくても
所作とことばが一致していて ひと目
見たときに 海ちゃんとわかった。
そういうことをするひとは 海ちゃんしかいないと思わせる
海ちゃんは そんなひとだった。

歳のころは 同じくらいだったけれど
とても素敵な女の子で そのこころには なかなか追いつけなかった。

海ちゃんみたいになりたかった。 
愛ということばを きちんとわたしの
こころをあらわすことばとして つかえるようになりたかった。

そうこうしているうちに わたしを
取りまく環境が 目まぐるしく変わり
ブログもやってゆくどころではなくなり 海ちゃんとのおはなしも 途絶えてしまった。

それでも 海ちゃんを忘れずにいた。
あゆみながら ふと立ちどまり 
空を見あげて 海ちゃんとおはなしをする。ちゃんと あるけているかな
これでいいのかな と。 

海のばあいはね
たいていこのことばではじまるおはなしが たまらなく好きだった。

最愛であることに 理由などいらないんだったよね。
時をかさねて わたしは海ちゃんの
ことばを きちんと受けとめられるようになり そのこころを わかるようになった。

もういちど 会いたいとおもう。

いまのわたしのこころで 会いたいと
おもうひとは みんな青い空のむこうがわにいる。



わたしとりずちゃん(noter 星月りずむさん)は 姉妹でありながら まったく似ていない。りずちゃんは 母方の家系の血を濃く受け継ぐひとで、わたしは父方の血を濃く受け継いだ。
 
姉妹でも 血筋がちがうというだけで
おなじ家庭で育っても こんなにもまなざしが違い、違う傷の負いかたや 受けとりかたをするものだということが りずちゃんのこころに触れて わかるようになってきた。


わたしたちは きっとお互い違う役割をいただいて おなじ家庭に生まれ そして 姉妹として多くのものを分かちあうようにして幼いころから生きてきた。

違いすぎて 分かち合えなかったものもあるけれど それはそれで 自分を豊かに育ててゆくための匂いに包まれた 種子のようなもので その宝物に 誰も見ていないところで せっせと水をあげたり 陽にあてたり 向き合ったり 話しかけたり 時には 傘をさしてあげたりして たいせつに育ててきた。それを こころと言うのか もしくは感性と呼ぶのか。


長いときを経て 分かち合えなかったもの、お互いが育んできたものたちが
ようやく 花のつぼみを膨らませる
素敵な季節になってきたと 感慨深く思えるいま、わたしは 書かずにゆこうとしていたことを いちどだけ
書いてみようと思っています。


舞台うらのことよりも 素敵なことは
あまねく わたしやあなたのまわりに満ちている。


小難しいことばを 並べたくない理由でもあり、そぎ落とし あえて書かないのは みんなの背中にあるはずの 空想の翼から 力強さをなくさないでいてくださいという 想いでもある。 
自由に飛んでいてほしいし 自由に戻ってきてほしい。


幼いころに親しんだ 物語たちは
小難しい記憶を残さないまま 純粋に
ただ 楽しむことを教えてくれた。
わたしのことばたちも そうであれるようにと 日々かたちを こころを
変えてゆく。


隔たれていた時の流れのなかで
わたしたち姉妹は それぞれの選択をして ちがう川面の流れにのった。
揺らゆらと 住みなれた場所から小舟にのって あわただしくも のんびりと 目の前を流れてゆく眺めを りずちゃんはりずちゃんの わたしはわたしのこころ持ちで 棹さしながら味わい 満天の星の数ほどの想いを あたためてきたことだろう。
  

ふたり分の想いを重ねあわせて ひとつのパズルを完成させてゆくための 小さなピースのようなものは 充分に並べられていると思う。

うけ負い 感じとり 味わったものたちをもち寄って やさしいまなざしと 柔らかい温もりに包んで わたしたちの たいせつな家族という ひとつの小さな世界を癒やしてゆけたらいいなあと思っています。

vol 2へ 続けます✨


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