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今日という日の徒然。

子育てのことでも書きたいことはあるけれど、ここは私の場所。
書きたいこと、今吐き出したいこと、整理したいことを優先にしよう。

まず今朝一番に思ったことを覚えているうちにメモしておかなかったから忘れてしまった。残しておきたい想いだった気がする。

パソコン開けて、すぐ仕事に取り掛かることができた。でもこれまた想いを忘れてしまった。トイレ行っている間に仕事面でアイデアが浮かんだからヨシとする。

考えるより動け、とパソコンを触って思う。書いているうちに言葉が浮かんでくる人間であることは間違いない。

ブログの整理をしようとしたが失敗した。しかもそこで更新した。捨てない決断でもありだと思うことにしよう。

ブログで『ハワイアン』と言葉を入力したら、目の前に半袖半ズボンのイケメンが、クリームたっぷりのフラペチーノとドーナツを持って現れた。パッと食べて出て行った。ここはハワイか?カリフォルニアか?とちょっと楽しくなった。

ネイルがの色が明るい。ネイリストさんはやり直すと言ってくれているし、仕事に差し支えるけれど、好きな色だけにどうしたもんだか。接客が好きならば、違うアプローチで仕事を増やせば良いのではないか、と思いつつ踏み切れない。

昨夜、息子に『勉強嫌だ〜』と泣かれた。次は、妹はずるい〜て言い出すよと旦那と話していたら『妹はずるい〜』とやっぱり言った。小5が幼稚園児の勉強量を羨ましがってどうする。しかも彼女は勝手にひらがなの練習をしている。ちなみに、息子も幼稚園の時は勝手に勉強していた。勝手に結ぶ練習もしていた。勝手に漢字で名前を書く練習も、英語も学んでいた。それに比べると妹の方が確かに勉強していないかもしれないが、息子に『しろ』と言ったことはない。そもそも、学校の勉強が大事だとは思っていない。でも勉強する意欲は持ってほしい。これはエゴなのだろうか。漢字は読めれば書けなくていいものなのか?足し算や引き算はできなくて良いものなのか?50−13の答えに詰まっていた小5男子。笑って誤魔化していたが、やべえという表情も見逃さなかったぞ。結局彼は散々泣き喚いたあとヒクヒク言いながら漢字をしていた。勉強しなくていい、というのは、何も学ばなくていいということではない。そこのところをちゃんと息子と話し合う必要がある。旦那はそれでも『学校の勉強をしてほしい』らしい。私は、学ぶ楽しさを知ってほしい。好奇心を伸ばしてほしい。考える力を身につけてほしい。なんでどうして?を持ってほしい。漫画は悪ではないけれど、もっと本を読んでほしい。で読むとこれがまたスラスラ読めるんだ・・。なんで書けないのに漢字が読めるんだ・・。

PTAの実行委員会の日程を決めておきたい、と申し出た。せめて一学期の分だけでも。これは私のわがままだろうか?まだまだ先と思うことなのか?できることなら年間スケジュールと合わせてレジュメの把握もしておきたい。第一回目の日程が結局変更になった。最初の回だからと入っていた仕事をずらしたが、2回目はないと思おう。そのときははっきり休ませてもらう。これは私の中でも線引きだ。曖昧なのは良くない。

昨夜は兵庫県の蟹が手に入った。それも思いがけない価格で。息子が大喜びするかと思いきや、そうでもなかったのが残念無念。ありがたく母と父で食べさせていただいた。日本酒もいただいた。

したいことを優先にする。今したい仕事も優先にする。書きたい思いがあるから、書く時間を優先にする。書く速度も上げたくなるからタイピング練習も組み込む。そして書くとこれまた活字を読みたくなる。だから読書時間を作る。ところが、コミュニケーションを取ると今度は英語を学びたくなる。フランス語を耳にすればフランス語も学びたくなる。で、その時間が増える。単純だなと思いつつ、それでいいのかと思う。

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