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それは不思議なもの

“”人生は各々単線で、専用の一両編成“”

長い長い旅をしている。こうしてゆっくりと揺られてどのくらい経ったのだろう。
車窓から田園風景を見ながらそんなことを考えていると、後方から電車が弧を描くように曲がりながら追いついて、私の乗る電車と並走しだした。同じく一両編成だ。
並走する車両に乗っていたのは、私と同じくらいの年格好をした人だった。
お互い顔を見合わせ、軽く会釈する。
私は窓を開けて、
「やぁ、奇遇ですね」
と言う。
すると向こうも窓を開けて言う。
「本当に!あなたは向こうから真っ直ぐ来たのですね」
「そうなんです。あなたはくるりと周ってきましたが、そちらの線路はどんな感じですか?」
「私の線路はですね…」
並走しながら、お互い今までの事を話し合った。
「あはは!そんな事があったんですね」
なんて、笑ったり、
「そうでしたか。それは大変でしたね」
と、慮ることもあった。

随分と長い間並走していたように思う。その間お互い色んな事を話して、もうすっかり打ち解けたそんなある日、
「あれ?何だか少し離れましたか?」
「え?」
そう言われて改めて見ると、確かに少し離れている。
「あ、本当だ。しかも私の方が遅い気がします」
「じゃあ、きっと次はあなたが弧を描く番ですよ」
「そうなんですか!初めてだから、何だか少しドキドキします」
「ぜひドキドキしてください。曲がって進路変更した時は楽しいですよ」
そんな話をしながらお互い少しずつ離れていく。声を張り上げねば聴こえない距離となった時、
「じゃあ!いつかまたどこかで!」
「ええ!また逢える日を楽しみにしています!」
最大限に声を振り絞り、そう言いながらお互い手を振って別れた。

私の乗る電車は速度を落とし、時計と反対周りに弧を描いて緩やかに坂を下り、先ほど通った線路の下をくぐり抜けて再び速度を上げて走り出す。
視界が開けた時、通路を挟んで向かいの座席に移動して、さっきまで並走していた電車を探した。
見るとちょうど山あいに消えて行くところだった。
そのまま暫く山あいを眺めてから、再び元の座席に戻る。また逢えるといいなと思いつつ、でもきっと簡単には出会えないんだろうな、なんて独り言ちながら、後方へと流れる景色を見ていた。

これからどのくらい走るのか、電車は休むことなく小刻みに一定のリズムを打ちながら進んでゆく。そのリズミカルな揺れに瞼が重くなって、視界が暗くなる。
心地よいリズムは、やがて電車の掛けたブレーキに乱され途切れ、それから一つ大きく前のめりになった後、揺り返して漸く停車した。

いつの間にか眠っていたのだと気づく。車窓からの景色は茜色に変わっていて、車内の時計を確認すると夕方4時半を指していた。どうやら数時間は眠っていたようだ。
しかし何故こんなところで停まってしまったのかと、不思議に思って辺りを確かめてみると、左側にも一両停まっている事に気づき、独りではないと少し安堵した。窓を開けて、
「あの、何故停まっているのでしょうか」
問うてみたけれど、気づいていないのだろうか、目線は下を向いたままだった。
「あの!すみません」
と手を振りながら再び言うと、キョロキョロしてこちらに気づき、私?と言わんばかりの驚いた表情をして自分自身に指さしをしている。
私は頷いて窓を開けるゼスチャーをすると、ああ、と納得したように窓を押し上げてから、
「どうかしましたか?」
と聞き返されたので、同じ質問を繰り返す。
「あの、何故停まっているのかご存知でしょうか」
少し間を置いて、
「いえ、それが私にもわからないんです」
少し困ったようにそう言った。
それから二言三言会話をしたのち、辺りがすっかり暗くなったので、ではまた明日と言ってお互いに窓を閉めた。

原因はまだわからないが、隣には同じく“”仲間“”がいるので、それほど時間をもて余すと言うこともなく、のんびりと電車が動き出すのを待っている。
これも何かの縁だと感じた。そのうちきっと動き出して、暫くは隣の電車と並走する事だろう。
そうしたらまた色んな話をしよう。互いの線路が離れてゆくまで。

決して一つにならない互いの線路は、並走したり交差したり、付いたり離れたりを繰り返す。

縁とはそんなものだろうと思う。