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【書評】【栞】「北海道 水辺の生き物の不思議」環境コンサルタントには何ができるか

4月も第1週が過ぎ、就活解禁、卒業、入学、新卒、納品雨嵐の忙しい時期ももう少し。桜の季節の訪れとともに、少しずつ平穏な心を取り戻し、始まる新生活に浮き足立つ季節となってまいりました。今回扱う本に関わるような業界の方々は年度末の繁忙期も一通り過ぎ、ほっと一息というタイミングかもしれません。

修士を修了してから一年が経ち、就職してからも一年が経ってしまいました。昨年のカエル合戦からも一年です。このタイミングで「この一年を一言で表すなら~~~」なんて明るくちょっと後ろ向きにFBで振り返っちゃうなんてことは私は恥ずかしくてできないので、自分が関わっている仕事を書評を通して振りかえってみようかなぁ、、、などという試みが本稿でございます。

研究者が集まって書いた生き物本は数あれど、環境コンサルタント・自然環境調査員と呼ばれる人たちが主要メンバーとなって書かれたものは少ないんじゃないだろうか(私の知る非常に狭い範囲での認識なのでご勘弁を・・・)
という生き物本がこちら

北海道 水辺の生き物の不思議(編:川井唯史・中村太士 北海道新聞社刊)

”現場人間だけが知る自然のささやきを伝えよう”(p.3)

という合言葉のもと、北海道で自然環境調査に関わる人たちが、北海道の水辺の生き物にまつわる最新事情、最新の知見を一般の人向けに書いたものです。

「そもそも『環境コンサルタント・自然環境調査員』って何する人?研究者?」という方が大半だと思われますので、説明しなきゃいけないわけですが、定義的な言い方をすると、

自然環境・生活環境の改変が伴う事業(公共・民間問わず)が実施される前に、事業者の依頼を受けて、どういった環境の変化が起こるのかを調査して予測し、必要があれば保全策を検討、実施する人たち。

もしくは、一度は聞いたことがあるであろう言葉を使うと
「環境アセスメント」をする人たち

と言えるかと思います。(厳密には違いますが・・・)
依頼を受けて調査を行う、という点が多くの研究者とは異なるところで、研究者的な側面はあれど技術者と言われる存在です。
独自の取組で調査研究をする場合もありますが、基本的な食い扶持は調査の受託によるものです。

本書は二部構成で書かれています。
第1部「身近な水辺の希少な生き物たち」では、ニホンザリガニ・ゲンゴロウ・サンショウウオ・カワシンジュガイ・ヒブナ・水草と、かつては北海道のいたるところにみられていたのに(ヒブナは例外ですが)、最近は希少生物と言われるようになってしまった生物に関して、調査の中で分かってきたこと、保全のための取組などを紹介しています。

ニホンザリガニは低い水温の水が絶えない環境でないと生息できず、エゾサンショウウオ・キタサンショウウオは幼生が棲む水辺と成体が棲む樹林がつながる環境が必要、カワシンジュガイは安定した水環境に加えて特異的な宿主の存在が不可欠、、、、など、環境の変化に敏感な水辺の依存しているこれらの生き物の保全がどれだけ大変なことか、ひしひしと伝わってきます。

”本来の生息地の水たまりがなくなり、人工的にできた水たまりを産卵地として代用しているのでしょう。”(p.69-71)

本来の生息環境が失われた代わりに、人間が作った構造物(側溝、農業用水路や集水桝など)にできた小さな水場に依存せざるを得ないという悲しい現実がある一方で、裏返せばそういった人工的な環境でもうまくすれば生息し、繁殖できるということですし、さらに代償的なビオトープでの保全事例では、生態を研究し、適切にデザインされたビオトープを造成することで保全するということも不可能ではないのだ、、、という希望を抱ける内容となっています。

第2部「外来種はどんな影響を与えているか」では、開発による生息環境の破壊についで「希少な水辺の生き物」への影響が強いであろう外来生物、アライグマ、外来ザリガニ(ウチダザリガニ・アメリカザリガニ)が取り上げられています。

どちらも最初は意図的に導入された種です。意図的・非意図的な移動や導入も重なって着々と生息域を広げ、着実に在来種を(直接的・非直接的に)駆逐していっている現状が全道的な調査事例と共に紹介されています。対策が行われてきたウチダザリガニ以外にもアメリカザリガニの分布が少しずつ広がってきている・・・との不吉な報告もあります。

開発による環境の改変はある程度のコントロールができますし、開発自体がなくなれば悪影響はそこでひとまず止まりますが、外来種は自分の意思で動く生物であり、コントロールすること、地域から完全に排除することは非常に難しく、対策をやめてしまえば悪影響はさらに広がって行きます。

これら外来生物によるインパクトの大きさは、知れば知るほど絶望感さえ感じますが、根絶や被害の減少に成功した事例もあり、希望を捨てずに地道な努力をしている人々は各地にいます。長期的な視点に立ち、外来生物の悪影響を減らしつつ、希少生物を保全し、増やしていくという取組がより一層必要となっているのです・・・・

私たちにできること

”市民が自らの目と手と足を使って調査を行うことの意義はたいへん大きく、有効な取り組みとして期待できます。在来生物の分布状況や周辺環境の変化、外来生物の早期発見などに貢献できるばかりでなく、集まったデータによって、在来生物の保全対策を考え、放流を未然に防ぐなど、次世代を担う子どもたちに北海道の豊かな自然を残すための財産となるでしょう。”(p.198)

第2部の最後の章「私たちにできること」にある一節です。遍く環境問題に通じることだと思いますが、保全・保護の取組では、対象となる生き物の情報をいかに握るかがキーとなってきます。効果的な対策をするには対象の生態情報を詳しく知ることが重要になりますが、これは開発事業に伴う調査だけで把握しきれるようなものではなく、地道な研究があってこそ明らかにされるものなので、研究者・市民によるモニタリングや実験が重要な情報源となります。

”そもそもサンショウウオなどの目立たない生き物は、普通に生活を送るなかでは目にする機会はほとんどありません。そこにサンショウウオがいたことに気付かないまま、道路工事や宅地化といった開発の波に飲まれ、いつの間にか姿を消していたということも珍しくなかったでしょう。”(p.75-76)

また、環境アセスメントや事業に伴う事前調査といったものの第一の目的は、公共事業における社会的な責任(公益の増大、環境負荷の軽減等)を果たすための情報開示の機会を作ることにあります。調査によって得られた情報を開示する、という仕組みが無く、人知れず失われた環境や生物はどれだけの数になるでしょうか。
しかし、情報が開示されても、希少種がいるという情報に注目し、声をあげる市民がいなければ、何の対策も取られずに事業は実施されてしまうということです。

事業を実施する主体としては、自然環境を守ろうという国の姿勢や法律など守るべきものはありますが、その義務の範囲外での環境保全対策、とくに人間に悪影響の及ばない自然環境保全については、何もしないのが一番楽なはずです。また、その事業主から調査を委託されている環境コンサルタント、自然環境調査員たちは、中立独立な立場にいますが、あくまで事業実施のお手伝いをする立場にいます。

環境コンサルタントの提案が事業主を動かすことは十分にありますが、やはり、環境保全を望む市民の声が大きく、環境の変化に目を光らせている人が多ければ、それだけ環境保全への取組は進むはずなのです。

行政が予算をつけて保全対策を実施することが効果をもたらすことはありますが、予算には規模にも、期間にも限りがあります。環境コンサルタント、環境調査員という、地域の自然に詳しい人間もいますが、立場上の制約というものがあります。そういったことを考えると、環境保全の取り組みで最も重要で、長期的にみても効果的であるのが、市民自身によるちょっとした活動、努力の継続なのでしょう、、、

コンサル・調査員の立場に関しての明言はこの本ではありませんでしたが、この本を読み、今年一年を振り返って思ったことが、以上のようなことになります。

ここから先はこぼれ話的な物になりますが、環境コンサルタント、自然環境調査員という存在も難しい立場にいるんですよね・・・「環境保全に関わる仕事がしたい」と、この業種を選んだ人は多いとは思うのですが、純粋に環境保全のための業務は少なく、ほとんどが開発のための環境調査である、、、、と。実際の現場で保全にかかわることは出来るが、開発があるから自分が食っていられるという矛盾を抱えた存在なのだと思います。

ですが、地道な保全活動や、事業計画が決まるまでに影響力がある自然保護団体等に対し、決まってしまった計画の実施の中で、「与えられた条件のなかで、ベストな保全策は何か」を考え、実施する存在である環境コンサルタント、自然環境調査員は、その人たちの技術力如何でザリガニやサンショウウオの運命が決まる、環境保全の最後の砦ともいえるのではないか、と思っています。

【編者情報】

川井唯史(かわいただし)
稚内水産試験場所属のザリガニ研究者。道内でのザリガニ保全に広く関わる。主な著書に「ザリガニ」(岩波新書)、「ザリガニの博物誌」(東海大学出版会)がある。

中村太士(なかむらふとし)
北海道大学大学院農学研究員教授。生態系管理学が専門。知床、釧路湿原、十勝川などの流域を対象に森林・河川・湿地の保全、自然再生事業などに関わっている。主な編著書に「河川生態学」(講談社)、「川の蛇行復元」(技報堂出版)がある。



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