ある時ある人が働くことに思ったこと

働くことは私にとっては、生活の糧を得るためです。

お給金をもらって生活しているサラリーマンです。そのため、会社からお金を頂戴して、その日、その月、その年を生きていきます。家庭環境の変化で、更にお金が必要になってきて、昇進して、更にもらえるように働きます。お客さんがお金を働いている企業に払ってくださっているので、自分もお金がもらえてます。

過去にテレビに出ている先生が「人という漢字は支え合っている」というような話をしていた気がしますが、この「人」に「動」がくっついているのが「働」という漢字。支え合っている「人」のところが、動いちゃうと漢字が崩れちゃうな、なんぞと思ったこともありました。ブラックな就労環境で働いていると動けずに働いている人の字のようだな、とも思ったものです。

でも、人が動いて、「働」が壊れて転がっていっても、それもまた「働く」ということなんだろうな、とも思うわけです。

なので、働くことは人が動くことと思うくらいが具合が良いと思うのです。

例えば、理不尽に怒鳴られたり、土下座をしろと言われたり、つばをはかれるようなことがあっても働いています。嫌なことは、なかなか忘れることはできません。ただ、いくつもの小さなものから大きなものまで多くの「ありがとう」をもらえるんです。人間の面白いところです。嫌なことがあったあとに、嬉しいことがあったりして。そのような人生が面白いと思っています。

なので、働くことは私の人間としての糧です。生活していくうえでの。

これからも働いていこうと思います。




#私にとってはたらくとは

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