育成年代で「やから系コーチ」のチームが強い理由

やから(輩)は「ガラが悪い」と定義して。

実際、強いチームのコーチがやから系ってのはけっこう多い。
いつもキレてて、口が悪くて、怒鳴って、詰って、罰を与えて、偉そうで、そんなコーチのチームが強いの。
やから度には差はあるものの、偉そうに指示しまくってるコーチのチームが強いのはけっこうあるあるで、選手としてか親としてかどっちかでも育成年代の経験者なら割と見たことあると思う。
ではなんでそんなコーチのチームが強いのか。
その理由を考察した結果を書いていく。


「教え込む」との相性が良い「死ぬ気」の”量”

最近流行りの「教えない指導」と真逆の「教え込む指導」。
コーチ本人は「教えない指導(考えさせる指導)」をやってるつもりでも外から見ると結局やってることは「教え込む指導」だった、なんてことは茶飯事で。
そして家庭にも根付く「教え込む」の文化から抜け出すことはやっぱり難しく。
だから日常に溢れているのは「教え込む」。
そんな「教え込む指導」は、いわゆるコーチの正解を押し付ける行為であり、その指導に含まれているメッセージは「コーチは正解をもう伝えたからね?あとはそのコーチの正解をやってね」である。

人の正解を押し付けられる側は、「うるせえな。話長えよ。しつこい。」の感情が基本。
話し手が「相手が興味を持つように工夫して〜」とかやっても、その根本が「僕の話を聞いて!僕の言う通りにやって!」から変わっているわけではないから、やっぱり聞き手からすればウザいわけで。

そんな「教え込む」ウザさ、普通なら聞く耳すら持ってもらえないけど、やから系だとそれを強制的に聞かせることができる。
その威圧感と権力と罰から生まれる”恐怖”で「ちゃんと聞いてそれをやらなきゃ死ぬ」と思わせることができるから。

人は「死ぬ気」の方が「やる気」よりもパワーが出る。
危機回避が人間の本能の最優先。
快楽は安全がある前提のもの。
「やる気」を引き出すには価値観を共有したり環境を整えたりして時間がかかったりするが、「死ぬ気」は恐怖を使って強制的に即座に引き出すこともできる。
しかも家庭や学校(習い事)で教え込みで育つことに慣れていて、指示待ち正解待ち他人の顔色待ちの子達が未だに多い社会においては「死ぬ気」の方が親和性が高く、早期に結果を出すなら自分から動き出すようになる「やる気」なんて育んでられない。
そんな時、やから系の「やれよ」は「死ぬ気」を引き出す。
(とはいえ「死ぬ気」は瞬発的にパワーが出る分、消耗も早い。まあだからスポーツの意味を考えたら育成年代は「やる気」でやるべきものなんですけどね。)

例えば「自分で考えろ」ってやから系からよく聞くフレーズだけど、それを全文表示すると「自分で(俺の正解を)考え(てそれを俺が言う前に実行し)ろ(それが出来なければどうなるかわかってるか?)」になる。
日頃からそれが出来なかった仲間達のその後を見せられてたら選手としては超怖いです。
そこから逃げようとする奴への見せしめがあったら完璧。
もうみんな死ぬ気でやりますよ。

「教え込む」は本来、言ってる方が気持ちいいだけで聞いてる方からしたらウザいし、教えられたことをただやるだけってのは学習効果としては低いけど、やから系の指導ではそれでいい。
なぜなら学習の”質”が低かろうと「死ぬ気」で取り組むから。
「教え込む」の指導ではコーチは無意識的に「コーチが言ってた正解をやりながら勝つ」という高難度ミッションを選手に強いることになるが、「死ぬ気」になっている選手達はそこになんの疑問も抱くことなく強い気持ちでそのミッションに取り組む。
「教えない」の学習効果なんてクソ喰らえ。
「教え込む」でとにかくやりまくる。
やから系コーチだって流石に勝利とは真逆のことを求めることはないから、そこで教えられたことをとにかく死ぬ気で実行しようと”し続けて”得ている経験値はかなり大きい。
「やる気」でやってる奴とは単純に”量”が圧倒的に違う。
そりゃ強くもなりますよ。

「教え込む」と親和性の高い「死ぬ気」を引き出すポイントは”恐怖”
恐怖がなければ教え込んでも効果は低い。
質の低さを量でカバーできないから。
「教え込む」なのに「教えない」をやってるつもりの時間キッチリやさしい系の指導を見ることがあるが、それで結果を出すのは難しい。
なぜなら「お前の説明誰も聞いてないぞ?聞いてても必死でやらないよ。だって怖くないもん。」になるから。
自分の指導が「教え込む」なのか「教えない」なのか、その度合と振る舞いを自覚することは大事。
もし「教え込む」なら徹底的な恐怖で圧倒的なを生み出すべし。


強い選手が集まりやすい価値観

「やから系の方が選手が集まる?おいおい逆だろ。やから系のコーチだと選手は離れていかないか?」
という疑問はごもっとも。
でもそれは「結果が出てないのにやから系の場合」に限る。
実際は結果が出てればどんな方針や指導法でも選手は集まる。

方針や指導法なんて誰も気にしていない。
育成年代の多くの親は「肩書」「見栄え」にお金を払う。
その本音を包むオブラートとして「方針や指導法」が存在する。
育成年代の多くの選手は「強さ」「入りやすさ」で進路を決める。
自身の選択を納得させるために「方針や指導法」が役立つ。

だから結果さえあれば選手は集まる。
「方針や指導法」なんて結果さえ出れば後付で世間が正当化してくれる。
そしてそんな「誰かになんとかしてもらおう感」が動機からにじみ出ている選手たちで結果を出すなら?
そう。
「やる気」ではなく「死ぬ気」を引き出すやから系に軍配が上がる。
そして結果が出れば選手は集まる無限ループへ。

「肩書」や「強さ」を求めるから、強いチームになればなるほど、やから系の威力は増していく。
その場所を手放すわけには行かないから、見放されることを何より恐れる。
やから系のポイントは恐怖
強いチームに居場所を求めてる選手にとって最大の罰は干されること。
比較的移籍がしやすい小学生年代ならまだしも、中学生年代、高校生年代になると、一度決めた居場所は3年間ほぼ確定だから、やから系の威力は最大化される。
そしてチームの名前が強大であるほどいい。
「やる気を育てる?うるせえよ。いいから俺の言う事聞いとけ。」で全てが進みます。

更に都合の良いことに、やから系の価値観は強い選手を引き寄せる。
想像してみてほしい。
上品な家庭の子と、やから系の家庭の子。
運動能力が高い傾向があるのはどちらか。
間違いなく後者でしょう。
理由としてはいくつか考えられるが、基本的に運動体験の時間の差がそうさせていると予想している。
だって上品な家庭は「整った環境で知性に時間を割いて行動は制限する」でしょきっと。
それに比べてやから系の家庭は「荒れた環境でカッコよさに時間を割いてなんでもやらせる」印象がある。
この傾向が正しいなら、運動体験の時間には相当な差が出るわけで。

やから系のファミリーが集まる=運動経験が多い子が集まる、だとして、じゃあなぜやから系コーチの元にやから系ファミリーが集まるのか。
答えは「親とコーチの価値観が同じだから」。

  • やから系コーチが練習時間を鬼ほど増やす→やから系ファミリーの親は「いくらでもやってください!」と喜ぶ

  • やから系コーチが厳しく罰を与えまくる→やから系ファミリーの親は「こいつ弱いんでもっと厳しくやってください!」とお願いする

  • やから系コーチが弱い選手や出来ない選手を干す→やから系ファミリーの親は「おい!お前ちゃんとやれよ!」と子供を責める

練習時間が短ければ物足りなさを感じ、優しく接してるとちゃんと教えていないと捉え、出来ない選手がいるとそれを悪として排除するべきと考える。
そんな価値観を持つやから系ファミリーにとって、やから系コーチの振る舞いは顧客満足度が高い。

一見上品に見える隠れやから系ファミリーもいる。
品のありそうな振る舞いなんだけど、結局家庭では「恐怖で教え込む」をやっているファミリー。
外面は上品ファミリーだから自宅での勉強やら塾とかもめちゃくちゃやらせるけど、運動も習い事をギッシリと詰めて、とにかく厳しくやらせる。
そんな隠れやから系ファミリーにとっても、やから系コーチは満足度が高い。
やから系発見器であり、やから系ホイホイ。

やから系コーチとしては、やから系ファミリーが集まった環境であれば「厳しいことやらせて生き残った強いやつだけを優遇して選抜する」ということが堂々と出来る。
そして結果が出れば更に選手が集まる。
強いチームの出来上がり。

やから系だと世間からのバッシングが怖い?
大丈夫。やから系ファミリーはみんなで事実を隠蔽してくれる。
不祥事のニュースでわかるでしょ?


やから系は強くなりやすい

文化的に馴染んでいるのは「教え込む」
それを最大化するのは”恐怖”による「死ぬ気」からの圧倒的な”量”
それを受け入れる価値観によって更なる相乗効果

ということで「やから系コーチのチームは強くなりやすい」が結論。

『選手数 = コーチの給料 = コーチをやっている理由がコーチで食うこと』
であれば、現状の世間の価値観ではやから系でやっとくのが無難だと思われる。
月謝システムとの親和性が高い。
中途半端にカッコつけて「優しい系」で結果が出ないんだったら、いっそのことやから系に振り切った方がいい。
だって結果が出なければ選手(お金&広告塔)が集まらないんだから。

参考。


だからね。
「あなたがサッカーのコーチをやってる理由はなんですか?」
という質問に真剣に向き合って、場合によっては今やっていることが全て間違いだったと認めて手放す勇気も無いようなら、まあ素直にカッコつけずに、今の結果を出すために選手を潰す覚悟と自覚も必要なんじゃないかと。

俺は絶対に嫌だけど。
人権大事。超大事。それがなければスポーツの意味もない。


ちなみに。プロの世界ならやから系の指導は全然ありだと思う。
やから系の指導は、消耗が早いことと、反感を買いやすいことがデメリットだけど、やるべきことを短期で叩き込んでそれを徹底させて即座の結果が求められる世界においては、手段としてはむしろ適しているのでは?とすら思っている。
結果が出なかったら即クビになる世界だからね。
まあやからの度合いを間違えて話を聞いてもらえなくなったら結果も出ないけど。
プロ選手はワガママの集まりでもあるからね。
あとは結果が出た後に、それによって天狗になった選手やサポから反撃される事例もあるけど。
結果が出てないクセに言うことだけはいっちょ前のワガママなプロ選手もいるっぽいしね。
そんな選手には「お前シメオネ監督の前でも同じこと言えんの?」とは思う。

そういえば。
例えで出したら怒られるかもしれないけど。
最近話題のバスケのホーバスも、ちょっと前のラグビーのエディも、そんな理由でけっこうやから系でやってたんじゃね?と思ったりしてる。
もしそうだったとしても、そのやり方と育成年代のやり方を一緒にしちゃいかんよ、って話でね。


はい。ということで。
個人の考察だから、納得いかない内容だっとしても許してね。

そんなあなたはやから系ですか?


おわり

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