◆1 小さな反抗心
「いらっしゃいませ」
と、自然に発した自分にびっくりした。
そんな記念すべき「いらっしゃいませ」第一号のお客様は、なんと同い年くらいの女性だった。
人生とは、往々にして自分を裏切ってくるものだ。
もうちょっとこう、疲れた感じのおじさんとかがやってきて、私は優しく「お仕事ご苦労さまです」なんてほんわり微笑む予定だったんだけどな。
一人で行動することに慣れている女、といった雰囲気の彼女は、静かにカウンターに座り「ハイボールください」とだけ言った。
人生初めてのご注文に「かしこまりました」とよそよそしく答えてしまい、小さく反省しながらカラカラと氷をまわす。
考えてみれば、いつもそうだ。
こんなんだから、初対面の人には「クールで落ち着いた人」とか「こぎれいにまとまった人」と思われてしまう。
こちらとしてはそう思われても構わないのだけど、いかんせん本当の私はなかなかのへなちょこなので、仲良くなってからびっくりされたりもする。
”印象”とは、なんて不確かなんだろうと思う。
でも、その不確かさすら楽しんでいたくて、誤解されているなら誤解されているなりにしばらくそのままにしておいてみることもある。
だから、メニューにこっそり仕込んだあの紙切れは、ちょっとしたイタズラ心だった。
「ラムネ、入ってます」
こざっぱりとした内装も飾り気のないメニューも、この店にあるものは全部、まぎれもなく私が選んだ私好みのものばかりだ。
だけど、「私らしさ」という意味では少々窮屈すぎるというか、うまくまとまり過ぎている気がして。
だって本当の私は、ぜんぜんまとまった人間じゃない。
昨日の夜なんて飲みすぎて化粧を落とさずに寝落ちしてしまったし、朝ごはんはキャベツの千切りとパックの納豆で餌みたいだったし、好きな人に何も言えなくていつも友達にウンザリされている。
こんな第一印象とはちぐはぐな私のことを、お店に来てくれた人は受け入れてくれるだろうか。
さっき開店準備をしていたら突然不安になって、なにか「ハズシ」になるものを探そうと、サンダルのまま店を飛び出した。
そこで見つけたのが、駄菓子屋の軒先に並んでいた瓶のラムネだったというわけ。
子供の頃、おばあちゃんからよくもらったラムネ。
うまく開けられなくて、ビー玉をしゅぽんと押したと同時に中身の半分くらいが吹きこぼれてしまったのも、今となってはよい思い出だ。
そうだ、これを期間限定メニューにしちゃおう。
そんな経緯のある代物だっただけに、件の「お姉さん」からラムネのご注文が入ったときには、すごくドキドキした。
一人飲みが似合うこの人も、もしかしたら私が抱いている”印象”とは、ちょっと違う何かをもっているのかもしれない。
なんだか仲良くなれそうだ。
来たときよりわずかに表情がやわらかになった彼女を、そんな気持ちで送り出す。
「ありがとうございました」
また来てくださいね。
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◇1 「ラムネ、入ってます。」
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