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プロレス:『プロレス』

小学校の時、テレビはほとんど見ていなかった。

なぜなら、とんでもなく早い時間から布団に入らないといけなかったから。
「子どもは夜8時に寝る」
そう親に言われてずっと育ってきた。

物心つく前からどうやらそう言われて育ってきたらしいのだが、その習慣が刷り込まれている俺の体は、夜8時になると布団に入る習性ができていた。
眠いか眠くないかは関係なく、時間になると布団に入って横になる。
ということは、それよりずっと早い時間には、風呂に入って晩御飯も食べて歯磨きも終わっている状態だったという事だ。
それくらい早く寝ていた俺は、当然、世の子ども達が観ているはずのテレビ番組をほとんど観る事無く育ってきた。
だから、マンガとゲームが好きで、あまりテレビは好きではない子どもだったんだなあと今更ながらに気づいた。

そんな俺も中学生になり、「夜8時以降でも居間にいても良い」という許可が下りたのだ。
“居間”とは我が家では、食卓とテレビの置いてある場所を指す。
その居間に、夜8時以降いても良いという事は、すなわちその時間帯のテレビを観ても良いという事になる。

それから、ドラマという物を観るようになった。
それから、バラエティ番組という物を観るようになった。
それから、歌番組という物を観るようになった。
あの当時の俺は、テレビ番組の多様性を知り「世界とはなんて広くて面白いモノがたくさんあるんだろう」と感銘を受けたとか受けなかったとか。
実際には、当時の気持ちを思い出せるわけでもないのだけど、まあそれなりに衝撃を受けた事は間違いないと思う。
だからこそ、当時、中学1年生だった俺が、一世を風靡した伝説の“トレンディドラマ”『東京ラブストーリー』を毎週楽しみに観ていたのだろう。恋愛の“れの字”も知らないのに。

そんな、テレビと縁遠かった俺がほとんど触れる事の無かった世界。
言葉や概念やその世界の有名人としては多少知っている事はあったけど、ほとんど一切と言っていいほど触れる事の無かった世界に、触れる事になったのもこの中学生時代だ。

あれは確か、中学1年生だった頃か、学年の記憶は薄いけどきっかけはハッキリ覚えている。
あの頃、男子の間で流行ったのが“プロレスごっこ”だ。
プロレス番組を観ている男子たちの間で、毎時間毎に廊下で繰り広げられる“プロレスごっこ”。最初はそれを観戦しているだけで楽しかった。
だけど、繰りだされる技を俺はほとんど知らない。
彼らが物真似をするプロレスラーたちを俺はほとんど知らない。
だから、彼らが物真似をしていたプロレスラーが出るプロレス番組を観る事にした。
それが、当時は深夜に放送されていた「全日本プロレス」だった。
その「全日本プロレス」を観る為に、普段は全くやりもしない勉強をしているふりをして、深夜まで寝ずに起きていた。
そして、日本テレビで放送されていたプロレス番組を観た。
そこには、プロレスごっこを観ていて聞いた名前のプロレスラーたちが、リングで闘っていた。

ジャンボ鶴田、三沢光晴、川田利明、田上明、スタンハンセン、テリーゴディ、スティーブウイリアムスetc。

その当時は、その番組を観ていても俺が知っているプロレスラーが何故出てこないのか全く理解できていなかった。
そのプロレスラーが出てこなかった理由は、少し後に知る事になる。
俺が知っていたのは、アントニオ猪木、藤波辰爾、長州力などの所謂「新日本プロレス」の選手たちだ。そりゃあ出てくるわけがない。
だが、当時はそんな事を知る由もなく、ただひたすらテレビの中で繰り広げられる“王道プロレス”の凄さを目の当たりにしては、ジャンボ鶴田にやられる三沢を一生懸命応援していた記憶がある。

ジャンボのバックドロップに魅了され、
ウイリアムスのバックドロップに魅了され、
ゴディのパワーボムに魅了され、
三沢のエルボーに魅了され、
川田の蹴りに魅了され、
田上ののど輪落としには魅了されず。
そんな全日本を一生懸命観ていた時代。

そうこうしている間に、俺もすっかり廊下で開催されるプロレスごっこに参戦するようになっていた。
そして、
プロレスの技が本当に痛いものだという事を身をもって知る事になる。
本当に痛い技をかけられると、相手は本気で怒るという事をそこで知る事になる。
本気で怒った相手は、力任せに蹴りを見舞ってきたり殴りかかってくると知る事になる。
全然できなかった技を、相手にかけられるようになる喜びをそこで知る事になる。

この時、俺はプロレスが好きになった。
所謂“プロレスファン”になったのは、恐らくこの時期の事を指すんだと思う。
だけど、今のレベルとは遥かにほど遠い“プロレスファン”だった。
ただ、プロレスという面白い娯楽がある事を知っているだけの、
プロレスを好きか嫌いかで言ったら“好き”と答える程度のプロレスファンだった。

プロレスファンとしての俺が変わる大きな転機は、それからもっとずっと先の、高校生時代の事だ。

その時も、深夜に放送されていたプロレス番組を観ていた。
ただし、それは「全日本プロレス」ではない。
そして、そのライバル団体の「新日本プロレス」でもない。
「全日本女子プロレス」だ。
通称:全女。
なぜその時、全女を観ていたのかは思い出せない。
だけど、食い入るように観ていたのは確かだ。
当然、テレビ放送なので幾つかの試合を放映していたんだと思う。
だけど、今覚えているのはたった一つの試合。
いや、正確に言うと、
たった一人の選手だけだ。

もう既に引退している「長谷川 咲恵」という選手だ。

当時は、若手期待のホープという扱いで、あのアジャコングと試合をしていたのだけは覚えている。それがシングルマッチだったのか、タッグマッチだったのかすら覚えていないけど、とにかく、あのアジャコングにボコボコにやられていた。
そして、時折、鋭いローリングソバットや頼りなさそうなダブルアームスープレックスで反撃をしていた記憶がなんとなくある。
そんな試合の中で、一番ハッキリ覚えていて、今でも思い出せるのは、
「やられてる顔」だ。
アジャコングの厳しい攻撃を受けている時の表情。
痛さ、苦しさ、キツさ、怖さ、
それらのモノを観ているだけの俺でも感じる事ができる程の表情。

そして、

「プロレスが楽しくて仕方ない!」と言わんばかりの楽しそうな、弾けるような笑顔。
この表情を観てしまって、俺は一気にやられてしまった。

長谷川咲恵というプロレスラーの魅力に。
その長谷川咲恵というプロレスラーを魅了するプロレスの魅力に。

この瞬間、俺のプロレスファンとしての在り方が決定付けられた。

あれから20数年が経った。
今でも、俺はプロレスファンだ。

俺にとってプロレスとは?
時々、自分にそんな問いかけをしてみる事がある。

その時々によって、答えは変わっている。
「最強を決めるもの」
「エンターテイメント」
「人生そのもの」
「人間力を競うもの」
「強さ比べ」
などなど。
今まで、色んな答えをその都度その都度考えていた。
未だにその答えは出ない。

だけど、
プロレスは、様々な要素が含まれるのがその魅力だ。
相手を叩き潰すのも、相手を光らせるのも、相手と一緒に良いモノを作り上げるのも、表現の場としても、闘いの場としても、エンターテイメントとしても、格闘技としても、お笑いとしても、芸術としても・・・。
どんなモノを重ねてみても、それら全ての要素を含んでいるのがプロレスだ。
何もかも包含しているけど、そのどれもが無くても成立するけど、そのどれもが無いと物足りないモノ。そんな、複雑怪奇だけど単純明快なモノ。それがプロレスだ。

だから、
プロレスとは?と言う問いに対して今の俺が答えるとしたら、

「プロレスはプロレス」

こんな面白くも何ともないモノが答えだ。

なぜなら、
観てるだけなのに、

“痛み”が、
“苦しさ”が、
“楽しさ”が、
“燃える心”が、
“ダメージ”が、
“観客の声援”が、
“テレビの向こうの声援”が、
“絶対に勝つ”という相手の心の声が、
そして“絶対に負けない”という選手の魂の叫びが、
それら全部がリアルに感じられる。

そんなモノ、他に無いんです。

それは、プロレスだけ。
だから、
「プロレスはプロレス」

この言葉が全てを語るんじゃないのかな。

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