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電話をくれたおばあちゃんは、きっと

仕事中、携帯が鳴った。普段は鳴ることがあまりないのにどうしたのか、休憩中に画面を見てみたら、それはおばあちゃんからの電話だった。

おばあちゃんとは普段、連絡すらしないで疎遠になっている。珍しいなと思い、画面を開いてみると、留守電メッセージが1件。会社の休憩室で、こっそり聞いてみた。流れてくるのは聞き覚えのある、温かくて優しい声だ。

「しいちゃん、荷物が届いたから受け取ったよ。いつもありがとうね。こんなことしてくれるのは、しいちゃんだけだよ。さっそく1つ食べたけど、甘くて美味しかったよ。」いつも以上に高くて柔らかい声が、なんだかくすぐったい。

そういえば2〜3日前に、ギフトを贈った。おばあちゃんが好きな、もなか。昔、私が一緒に住んでいたころは、一緒に和菓子を食べながら、よくお茶していたのだ。誕生日というわけではないのだが、きっと喜ぶかもしれないと思い、敬老の日も近かったし思い付きでプレゼントしてみたのだった。

おばあちゃん子として育った私


おばあちゃんとは15年ほど一緒に暮らしていた。私が2〜3歳のころに両親が離婚し、母の地元へ帰ることになった。母は毎日仕事をしている忙しい人だったので、私はいつもおばちゃんに面倒を見てもらっていた。よく学校から帰ると、一緒にテレビを観ていたし、本も貸してくれた。私が刑事ドラマ好きな理由は、完全におばあちゃんの影響である。

15年もの長い間、一緒に過ごしていたのに、ふと思い返してみれば、半年以上も会っていない。だが会えないほど遠いのかというと、別に会えない距離ではない。仕事の忙しさを理由に、しばらく帰っていなかっただけだ。

おばあちゃんの家まで帰るには、片道2時間くらい。行こうと思えば、明日だって行ける距離だ。それでも半年以上帰らなかったのは、なんとなく気が重かったから。忙しさを理由にしたというより、会いにいけない罪悪感を消すために、わざと忙しくしたのかもしれない。

おばあちゃんとは仲が良い。しかし私が大人になってからは、家に居ると気を遣ってしまい、窮屈だと感じるようになった。これは私の性格的にしょうがないことなのだが、家族のような近い距離感は、なんとなく苦手だった。居心地が悪くて、10代の早い時期に地元を出てしまった。

大人になってから、地元に帰ろうと思っても、足が重たくなってしまう自分が嫌だった。でも留守電メッセージを聞くと、おばあちゃんは喜んでいる。おばあちゃんの声は、私の心をほっとさせてくれた。休憩が終わるまで、留守電を繰り返し聞いた。なかなか地元に帰らない親不孝な私だが、この声を聞いているうちに、会いにいけないなりに出来ることがあるように思い始めた。

仕事帰りに折り返し電話をかけた

21時過ぎ、仕事が終わって、折り返し電話をかけた。遅い時間だから、きっと布団に入っている頃だろう。電話をかけてから3回ほどコールが鳴り、おばあちゃんが出てくれた。留守電でも話してくれていたが、もなかは届いてすぐに食べたらしい。なるべく日持ちするものを選んだが、そんな心配は要らなかったかもしれない。10個入りを贈ったので、残りはドラマでも観ながらゆっくり食べてほしい。

会いに行けない罪悪感を抱えている私とは反対に、もなかを貰ったおばあちゃんは喜んでいる。本当は直接会いに行って手渡しすれば、おばあちゃんの笑顔も見れただろう。それなのに気が重いという理由で、宅配便を送ることしかできず、申し訳なさで胸が苦しかった。胸がギュッと苦しくなるこの感覚は、昔おばあちゃんが大切にしていたお皿を、私が割ってしまったときと同じだ。

「なかなか会えなくてごめんね、行けそうなときはまた、連絡するから。」と、言いながら少し胸が痛くなった。だが苦しい私の言葉を、おばあちゃんはうんうんと聞いてくれる。顔は見えないが、おばあちゃんの声は、確かに優しく微笑んでいる。目尻にシワが寄って、くしゃっとなるあの笑顔。思い出したら、つられて私まで笑顔になってしまった。

「しいちゃん、お仕事忙しいとは思うけれど、体には気をつけるんだよ。心配してるから。じゃあ、おばあちゃん寝るからね。」そう言って電話は5分も経たずに終わった。話しながら歩いていたからか、いつも見慣れているはずの道が、夜景のようにキラキラ輝いていた。

距離は離れているけれど、心は近くにある。雲の上にいるような、ふわっとした不思議な感覚。信号で立ち止まると、そよ風が気持ちいい。不器用な私なりにだけれども、家族との関わり方として、これも1つの方法かもしれない。

帰りの電車でウトウト考えていた。おばちゃんが電話をくれたのはきっと、もなかが美味しかったからではない。大人になって離れていても、おばあちゃんを想ってくれる私のことが、きっと嬉しかったから。その嬉しさを私に伝えたかったから、電話をくれたのだ。贈り物とは、心を繋げるきっかけとなるのだと、考えているうちに寝てしまっていた。次に地元へ帰るときは、お茶を持っていこうと思う。

💡この記事は、キャリアスクールSHElikes(シーライクス)での制作課題を修正し、投稿したものです。

テーマ:「家族と贈り物にまつわるエッセイ」2,000~5,000文字程度


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