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イワシ

イワシの巨群が目抜き通りを往く。
巨群は15階建てのビルと同じくらいの高さで、竜巻のように渦を巻きながら、割れた鏡のように光を乱反射させている。
ゆっくりと往きながら、通りのあらゆるものを呑み込んでいく。イワシの鳴き声なのか、それともイワシ同士が擦れ合う音なのか、ギャインギャインギャインギャインギャインギャインギャインギャインと奇怪な音を立てながら、猛烈な生臭さを撒き散らしている。
そして、光のせいか臭いのせいか音のせいか、或いはその全ての異様さにあてられたのか、あさっての方を向きながらよたよたと巨群に近づいていって呑み込まれる者、ビルの屋上から、いきまーす、とかなんとかいって渦中に飛び込む者、門松を抱えながら立ち向かおうとして飛んできたイワシに首をふっ飛ばされる者などの異常者が続出して、通りは混乱を極めている。
さらに巨群は、通り沿いのビルに側面を擦らせながら進む動きとなり、辺り一帯にコンクリートやガラスの雨を降らせている。そして、それらを諸手を挙げて天を仰ぎ一身に浴びて貫かれる者まで続出しはじめた。
事態を見かねた政府は、スズメバチのような形をした巨大な戦闘機を一機送り込んだ。
ババババババババとけたたましい羽音を立てながらあらわれると、スクランブル交差点の真ん中でホバリングしながら、おもむろに巨群に狙いを定めはじめた。
そして、巨群が三叉路にある百貨店の看板を呑み込んだところで、スズメバチは大きな尾っぽからミサイルを発射した。
すると巨群は、胴体部分をくいっと捻って、ミサイルを見事に躱した。ミサイルは百貨店に直撃し、大爆発がおこった。
凄まじい爆風でイワシが散開すると、竜巻の中から巨大な能面が姿をあらわした。
能面はぶるぶると震えている。怒っているのか怖がっているのかなんなのか、なにせ能面なので表情が読み取れない。取り巻きのイワシたちもぶるぶると震えながら、能面の裏側で旋回をはじめる。
スズメバチは二発目を発射する。すると能面は、口からイワシの束を噴き出してミサイルを迎撃した。
またしても大爆発がおこり、大量のイワシが通りに降り注いだが、それでもイワシの束の勢いは止まらず、ついにスズメバチを呑み込んだ。
噴出されたイワシの束は能面のもとへ戻ってくると、能面の後方でふたたび竜巻をつくりはじめ、ちょうど巨群が能面をかぶったような姿になった。
そして、能面はスズメバチの尾っぽをひょっこり口から出すと、スクランブル交差点一帯に向けてミサイルを連射しはじめた。
もうわけがわからないような大爆発の嵐が30秒ほど続き、交差点にはぽっかりと大きな穴が空いた。
巨群能面はすっかり満足した様子で、夕空に浮かび上がっていく。そして、崩壊した街を見下ろしながらあまりにも豊かな声量でこう云った。

「良いお年を」



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