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小林宙著「タネの未来~僕が15歳でタネの会社を企業したわけ~」を読んで

私がこの本「タネの未来」に出合ったのは、2020年5月の国会で、種苗(しゅびょう)法改正案が可決?もしくは、見送りか?という瀬戸際に、慌てて種苗法のことを調べていた時だった。種苗法改正については賛否両論あり、しかし、このコロナ禍での改正ともなれば、なぜ今?と勘ぐりたくなる気持ちも働き、ザワザワする焦りに似た気持ちがあった。短期間で資料をむさぼったのは、農業試験場で働いていたこともあるという父型のおじいさんが憑りついたのかと思ったくらいだった。とりあえずの今国会見送りということを聞き、ちゃんと本を読みたくて改めて手にしたのだった。

表紙を開き、裏表紙を見るとちょっとドキっとする。

そこには「いつか消えてしまうかもしれない タネの話」と書いてあるのだ。

そして、「一人でも多くの人に、タネが現在おかれている意外と穏やかではない状況と、タネの奥深くておもしろい世界を知ってもらえたらと願っています(P3 はじめに より)」と、この本は始まるのだ。

お話は、タネを探す旅から始まる。「僕はある程度年齢のいったお店の人と話しながら、この店はこれからいつまで続けられるだろうと考えた。さらに、目当てのタネを手に入れたら、このタネをとった農家の顔も思い浮かべてみる。その人もまた、あと何年、タネとりを続けてくれるだろうか?(P10第1章タネについて考えてみる より)」

今、この時も、タネは消えているのだ。と思うと同時に、このタネをめぐる話に引き込まれていく。

タネと言ってもいろいろあるが、著者が追い求めているのは、固定種というものだ。固定種とは、「ある特性を持つタネを繰り返しとって植え、その純度を高めていくことを『品種を固定する』といい、そうして何代もかけて作られたタネ・・・(P18 食べ物のタネはふつうのタネとは全然違う より)」のことだ。

ふーん、固定種を自分で作ることも出来るのか。自分の作った作物の中で、自分の気に入る特性を持ったタネを植え、さらに、それを繰り返えすことで、自分好みの品種が出来るということだ。

品種改良というものが、身近に感じられる。そして、考えてみれば、タネ自身が環境に合わせて、変化もしている。雨の多い地域なら、雨に強いタネ。日差しが強いなら、日差しに強いタネが生き残っているだろう。土地により同じ条件でない中で、タネと農民の共同作業の品種改良でタネが生き残ってきたともいえる。

品種改良の話は、今、もっとも多く栽培されているF1のタネへと進む。F1というタネはメンデルの法則を使い、一代目だけに欲しい特性が確実に現れるタネだ。二代目はない。だから、F1は毎年タネを買わなければならない。私はメンデルの法則を「優生遺伝、劣性遺伝」と習った。今は、「顕性遺伝、潜性遺伝」と呼ぶらしい。「品質のよい作物を作るという点では優れているので、日本では、稲や麦などの穀物を除き、野菜のタネの9割をF1品種が占めているといわれている。(P22 メンデルの法則がF1というハイブリット品種を生んだ より)」

9割もF1というのは驚きだ。私の古い友人は、自家採取でタネから野菜を育てているけれど、F1ではない残り1割の農家ということになる。これからは、もっと大事にしよう(笑)。
著者は、この9割を占めるF1品種を悪いものとは考えていない(安定的な食糧供給に貢献したなど)けれど、タネが農家から離れていることが、「僕たちがいつかタネを失う可能性について、少し現実的なこととして考えられることが出来ると思う。(P24 メンデルの法則が~より)」と言う。

そして、遺伝子組換え品種=GM品種に話しは進む。F1品種が2種類の掛け合わせであることに対し、GM品種は1種類の品種に特定の遺伝子を組み込むことで作る。あるいは、ゲノム編集と呼ばれ、遺伝子を切ったりつなげたりして新な品種を作る。(この本では、GM品種にゲノム編集を含むと注釈がついている。その後、日本では2019年夏にゲノム編集は安全審査が必要ない(厚労省)ということになった。そしてゲノム編集食品には表示義務(消費者庁)がなくなったことから、制度的には違う扱いになった。)

私が感心したのは、GM食品の置かれている法的現状と世論の動き如何で、一気に出回ることも予測して、そうなった場合の混乱を想定していることだった。そして、議論されるべきは、この混乱だという。国内でGM作物が栽培され、タネが流通し始めると、見分けることも、管理することも出来なくなるからだ。

さらに感心したのが、「もし僕がGM品種の良し悪しを問われたら、まず初めにその品種が『公益性』と『権利』のどちらのために開発されたのかをその基準にしたい。~中略~公益性をいっさい顧みず、権利を主張してお金儲けだけに走るのだとしたら、僕は賛成できない。(P31 GM作物が起こし得る混乱について想定しよう より)」と判断基準を明言していることだ。

『公益性』と『権利』という新たな視点を与えられ、問題が整理しやすくなった。というのも、2018年の種子法廃止と、その後の種苗法改正について、私は、上手く説明できないでいたからだ。

著者は言う、「公益性を守る法律である種子法が廃止され、独占の権利を守る種苗法が強化されつつあるというのが、タネをめぐる現代の情勢だということは、知っておいてほしいと思う。(P34 タネをとってはいけないという法律がある より)」と。


さらに、「現在ある世界の種苗会社を見てみると、もともとタネの販売をしてきた純粋な種苗メーカーよりも、化学系のメーカーのほうが、じつは大きなシェアを占めているのだ。2016年から17年にかけて、中国化工集団(ケムチャイナ)がシンジェンタ社を買収、バイエル社がモンサント社を買収、デュポン社とダウ・ケミカル社が合併するなど、もともと世界のトップ10に入るような種苗取り扱い企業が相次いで合併し、さらに大型化しているのだけど、これらの企業は、それぞれ元は化学や医療、農薬メーカーだ。こういう企業にとっては、もはやタネは、農薬を売るためのツールとして考えられているのかもしれない。2019年6月に日本でも公開されたドキュメント映画『シード~生命の糧~』では、薬品関連の企業が世界のタネの90%を所有していると伝えている。(P38パッケージ販売というGM作物の儲けの構造 より)」 

もう、丸ごと書きだしたいくらいの勢いだけれど、大事なことを教えてくれているから、このことはしっかり頭にいれていたい。
私は、著者が紹介する映画『シード~生命の糧~』にも出てくる、インドの環境活動家のヴァンダナ・シヴァ氏のインタビューを見つけ、自分のSNSでシェアをしていた。ところが、そのシェアしていた動画がほどなく削除された。そのインタビューの内容は、「アメリカ大陸をコロンブスは発見したというが、アメリカ大陸はそもそもそこにあった。タネもそもそもそこにあるのに、誰かが発見したとして権利を主張しようとしている。その誰かは現代のコロンブスだ」というものだった。その誰かも、名指ししてのインタビューだったためか、今では見ることが出来ない。

私は、ヴァンダナ・シヴァ氏の素晴らしい活動の一端でも真似したいと思うひとりなのだが、そのインタビューが誰かにとって不都合だからか、さっそく削除されたことが、不気味に真実味を帯びてくるのだ。

もともとあるタネと、GM品種のタネと、どうやって見分けるのだろう?もともとあったタネと、GM品種のタネは、自然に交配もする。海外では、自然に交配したタネの権利をめぐって企業から農家が訴えられている例もある。

さらに著者は言う。
「『種子が消えれば、あなたも消える』(コモンズ/2017年)によると、農耕が始まる以前に人間が食用に利用していた作物は約1万種あったのが、20世紀後半には、55科408種にまで減少しているという。~中略~日本国内を見ても、伝統野菜のタネは、守ろうとしなければどんどん消えてゆく運命にあるのだ。(P43こうして地球からタネが減っていく より)」

引用だらけで申し訳ないけれど、ここまでが、第1章の「タネについて考えてみる」なのだ。大事なことだらけで、私の言葉で言い替えは出来ないと、たくさんの著者自身の言葉を引いてきた。これが著者が言う「タネが現在おかれている意外と穏やかではない状況」だ。
けれど、このタネをとりまく状況を踏まえたうえで、進んでいく第2章「伝統野菜を守るために」、第3章「事業を立ち上げる」、第4章「タネとの出会い」は、面白くて、ずんずん読み進むことが出来る。なにしろ、現実を嘆くことなく、出来ることを、こつこつと確実に進めていく姿が、気持ちいいのだ。


私は、読みながら何度も「すげーっ」と叫んでいた。

15歳でこれだけのことを考え行動したから、すごいのではなくて、これが25歳でも35歳でも45歳でも「すげーっ」と思ったと思う。なにしろ、すごいのだ。

私はもう「鶴頸(かくけい)種苗流通プロモーション」(著者の事業体の屋号)でタネを買いたくてうずうずしている。

なぜなら「僕が固定種を買う理由は、~中略~遺伝的資源や遺伝的多様性を残しておくことが、僕たちの未来にとっても必要だと思うからだ。(P68多様性を守ることは僕たちの生存戦略だ より)」

そして、それは、「鶴頸種苗流通プロモーション」を通して、全国のタネの作り手、販売店、タネを今まで残してくださった人々と繋がることなのだ。

最後に、著者の小林宙さんにお礼を言いたい。

宙さん、この本を書いてくださりありがとうございました。現状を知り、誰を責めることもなく、自分の出来ることを考え、実行する。それが、よりよい未来を作ることだと確信をもって進む姿に、明るい未来を見た思いです。
そして、2002年生まれの宙さんに、大人のひとりとして、謝りたいです。ごめんなさい。こんな状況になってしまった世界を手渡すことを許してください。私も、問題を次世代に丸投げすることなく、一緒に歩んでゆきたいと思っています。でも、私の方が教わることが多いですね。どうぞ、よりよい未来の作り方を、これからも教えてください。

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