見出し画像


©️白川美古都

 

P1

 田村健斗は朝からもう何度も空を見上げている。
 晴れた。
 天気予報では降水確率0パーセント。
 ところによりにわか雨。
「母ちゃん、なんで降水確率0パーセントなのに、ところにより雨が降るの? 雨が降らないから0パーセントなんじゃないの?」
 健斗が台所にむかって尋ねる。
「あんた、まだ夏祭りの心配してるのかい? 雨なんて降りゃしないよ」
 母ちゃんは、昼ご飯の準備をしている。

 先週、月ノ島中学校は夏休みに入った。
 三年生になった健斗は、毎日、友人の岡村と村瀬と図書館に通って受験勉強をしている。
 しかし、今日の勉強は休みだ。楽しみにしている町内会の夏祭りなのだ。午後六時から、川の向こう側で花火が上がる。毎年、祭りの最後に、橋の上から花火を眺める。
 それに、今年の夏祭りはちょっと違う。一緒に行くのは家族ではない。いつも一緒につるんでいる岡村と村瀬でもない。二人には悪いが、健斗は抜け駆けした。女子の後藤忍と行く約束をしたのだ。
 同級生の忍とはスクールランチをきっかけに仲良くなった。
 健斗も忍も、食べることを生き甲斐にしている。

「ケント、冷や麦だけど、何束食べる?」
「五束!」
 答えてから、健斗は考えた。
 忍とは、夕方に待ち合わせをしている。神社でお参りをしてから、屋台で食べ歩きをする予定だ。
 忍はよく食べるのに細身だが、健斗は食べた分だけ太るのか、かなりのぽっちゃり系だ。最近、ベルトの周りがちょっときつい。女子の視線も気になりだしだ。
 忍と仲良しの近藤さんと藤井さんも超スリムだ。
 類は友を呼ぶのか、岡村と村瀬はぽっちゃり系。
「母ちゃん、やっぱり三束にしておくよ」
 健斗はのれんをかきわけて、台所に顔を出した。
「もう遅いわよ、湯の中に入れちゃったよ。いつも五、六束くらいペロリと食べるじゃないの。あんた、お腹の調子でも悪いの?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ……」
 口ごもる健斗に、母ちゃんはニヤリと笑った。
「シノブちゃんと夏祭りにいくからだね」

 健斗は一人親の母ちゃんになんでも相談する。
 今日の夏祭りの約束も話した。
 健斗が学校に持っていく爆弾オニギリも、何度か、忍の分も作ってもらったこともある。忍が食べたいと言ったのだ。
 母ちゃんは張り切って、ただでさえデカいオニギリを一周り大きく握って、具に甘辛い唐揚げを入れてくれた。
「それなら、なおさら腹いっぱいにしておきなさい。腹が減っては戦はできぬ。昨日の残りの肉じゃがとポテトサラダもお食べ!」
「戦じゃなくて祭りに行くんだけど……」
 健斗の返事を待たずに、どーんと食卓に冷や麦が置かれた。


P2

 待ち合わせの近所の公園に、忍は少し遅れてきた。
 忍は青いジーンズと白いTシャツというラフな格好だ。
「遅くなって、ごめんなさい。本当は一人でがんばって浴衣を着たのよ。でも、家を出る直前に、やっぱり着替えてきちゃった!」
「へぇ、浴衣……」
 健斗は鼻の下を指でこする。
 忍の浴衣姿、見たかったなぁ。可愛いだろうな。そんなことを考えていると、
「浴衣だと帯が苦しくて、美味しい物をたくさん食べられないと困るでしょう? ケントくんも、そのズボン、ウエストがゴム?」
 忍は覗き込んだ。
「うん、まぁ……。ゆったりしてるやつ」
 健斗はおどけて、ビヨーンとズボンの腰のゴムを引っ張る。
「ふふふ」
 と、忍が口もとを押さえて笑う。この上品な小さな口が、ぱくぱくと本当によく食べるのだ。

 一年生の時にスクールランチを美味しそうに食べる忍の姿を見かけて、健斗はひかれた。
 忍は好き嫌いなくきれいにランチをたいらげる。
 近藤さんの嫌いなキュウリも、藤井さんの苦手な脂の多い肉も食べてしまう。
「お小遣い、全部、持ってきちゃった!」
 忍はそう言って、丸い小銭入れを見せてくれた。
「エンドーさん、すごく気合入ってるね」
 健斗は忍のことを、面と向かってはシノブちゃんと呼べない。想像しただけで耳の端が熱くなる。
 一方、忍は健斗のことを、ケントくんと気軽に呼んでくれる。
 仲の良い友だちみたいに、そう……、友だち。
 健斗はとなりを歩く忍の横顔を盗み見る。名前で呼べたら、この距離が少し近づくのかな。


P3

 二人は神社で参拝をすませると、行きに目をつけておいた屋台へ急いだ。たこ焼きの屋台が幾つかあったが、一つ目に決めていた。ソースなしと看板に書いてあった。
 たこ焼きのソースも大好きだけれど、せっかくだから、ソースなしのたこ焼きを食べてみたい。
「おーっ!」
 屋台の前に人だかりができている。
「夏祭りの一食目は、あのたこ焼き屋さんで間違いないね。よし、行こう!」
 健斗の頭が食欲全開モードに切り替わる。

 忍も頷くと小走りになった。順番を待ち、一皿八個入り五百円のたこ焼きを迷わず二皿購入した。
 参道のわきに設けられた長椅子に腰かける。いただきますと声を合わせて、熱々のたこ焼きにふぅふぅと息を吹きかけて、一個口に放り込んだ。
 ヤバイ! 
 熱さに涙目になりながら、初めての美味さに感激する。
「なにこれ美味しい! ソースがかかってないのに、しっかりと味がついている! お醤油と出汁の味がして、深いよね、深い!」
 忍も興奮している。
 健斗と忍はあっという間にたこ焼きをたいらげた。

 次にむかう屋台も決めていた。
 フランクフルトだ。ただのソーセージではなく手作りソーセージという旗が立っていたのを見逃さなかった。
 健斗は辛口のソーセージを、忍はハーブ入りソーセージを、それぞれ注文した。これも大当たりだった。
 それから、冷えたラムネを飲み、焼きトウモロコシをかじって、デザートに食べるリンゴ飴の屋台を探した。
「リンゴ飴の味って、どこも同じかな?」
 ふと、健斗は忍の小銭入れが気になった。小銭入れはまだふくらんでいる。
 健斗の財布の中身は五百円玉が一枚のみだ。
「そんなことないよ。やっぱりお勧めはフルーツ飴よ。リンゴだけじゃなくて、ちょっと高いけど種なしのブドウ飴が美味しいよ」
 忍は目をきらきらさせて屋台を指さした。
 歩き出しながら、健斗は尋ねた。
「エンドーさんちって、小遣い多いの?」
 うらやましいなぁと続けると、忍の顔色が曇った。


P4


 
 少し間を置いて、
「両親が仕事で遅くなる日にはお金が置いてあるの。近所のコンビニでお弁当を買いなさいって。お釣りはもらえる約束なの」
 忍は静かに答えた。
 そして、無理に笑顔を作った。
「激安スーパーへ足を運んで、半額シールのお弁当をゲットできると、たっぷりヘソクリができるの」
 健斗は返す言葉がなかった。
 どんなに忙しくても、健斗の母ちゃんはご飯を作ってくれる。母ちゃんがとても疲れていて弁当を買ってくることがあっても、健斗が一人でご飯を食べることはない。
 ご飯の時間は、母ちゃんといろんな話をする大事な時間だ。
 以前、忍は、歳の離れた弟がいると言っていた。姉弟だけの晩ご飯。想像すると、胸の奥がスンッとした。

 健斗は暮れていく空の向こうを見つめた。
「あ、雨、降るかな? 降水確率はゼロパーセントだけど」
 わざと話題を変えた。
 健斗の声が上ずる。
「降水確率0パーセントは、ゼロパーセントと読むんじゃなくて、レイパーセントと読むのよ。ゼロというのは文字通り可能性がないことで、レイはわずかであるけれど、可能性があるのよ」
「わずかって、どのくらいの確率なの?」
 健斗は、忍と一緒に花火を見たいと思った。
「5パーセント未満から、0パーセント」
 忍はフルーツ飴の屋台の前で立ち止まった。
「雨は降らない、絶対、雨は降らない!」
 健斗は強く拳を握った。
 それから、前屈みになって、真剣にフルーツ飴を選んだ。イチゴとブドウは三粒ずつ竹串に刺さっている。リンゴ飴の方が食べ応えがありそうだな。
 でも、忍のお勧めのブドウ飴も食べてみたい。両方買うには小遣いが足りない。
 すると、忍が夢のような提案をした。
「イチゴとブドウを一粒ずつ交換しない?」
「も、もちろん、いいよ!」
 健斗はブドウ飴、忍はイチゴ飴を買って橋の上に移動した。

 思ったより橋の上は混み合っていた。交換した飴はどちらも甘酸っぱくて美味しかった。
 人の波に押されて、忍との距離が近くなる。ふいに、健斗は叫びたくなった。君が好きだと。
 声に出すかわりに、健斗は足を広げて、忍の後ろに立った。
 忍を守るように壁になりながら、健斗は花火が上がるのを待った。

#小説 #短編小説 #YA #言霊さん #言霊屋

〜創作日記〜
私は葡萄飴というものを食べたことがありませんでした。
一番好きになった人と行ったお祭りで
三粒の葡萄飴を食べました。
特別に美味しいというものではなかったけれど、幸せでした。

次に、なんだか懐かしくてテキトーに買った葡萄飴は
種が入っていて泣けました(苦笑

イラスト:mania_note様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。